日本郵政の新役員人事が波紋を呼んでいる。官僚OB就任のことばかりが取り沙汰されているが、にわかに信じがたい人事もある。取締役兼代表執行役副社長に就任した高井俊成氏(63)である。日本郵政グループの主要子会社である「ゆうちょ銀行」のトップになることが有力視されている人物だ。銀行や証券界では、同氏の副社長就任に戸惑う向きが少なくない。いわくつきの企業を渡り歩いてきたからだ。
元長期信用銀行常務の肩書き
日本郵政の新社長に就いた元大蔵事務次官の斎藤次郎氏が、「バンキングビジネスのトップに最適な方と確信している」と語り、ゆうちょ銀行社長に起用したい考えを示した高井副社長とは、どんな経歴の持ち主なのか。
高井氏は東京大学卒業後、日本長期信用銀行に入行。池袋支店長や取締役福岡支店長などを歴任したのち、1998年常務執行役員に就任した。長銀の破綻後は、01年に投資会社「バリュークリエーション」の社長を務めるなどし、直前は個人で「高井経営研究所」を主宰している。これが公式の略歴である。
バリュークリエーションは、安田隆夫・ドン・キホーテ会長、重田康光・光通信会長ら“勝ち組”経営者と、新興企業経営者の異業種交流会「日本ベンチャー協議会」(08年3月に解散)を実質的に仕切っていた会社だ。この交流会から株式上場した新興企業は少なくない。
バリュークリエーションを辞めた高井氏は、その後いわくつきの会社を渡り歩くことになる。これは、公式の経歴書に記載されていない。
2000年代前半、株式市場の規制緩和をビジネスチャンスとして、業績不振企業の増資を引き受け、株価操作などで荒稼ぎする「増資マフィア」が横行した。医療法人松嶺会、東証2部上場の丸石自転車(株)、大証2部の老舗和菓子店・(株)駿河屋、大証ヘラクレス上場のITベンチャー・(株)メディア・リンクス、大証2部上場のICメモリーカードの日本エルエスアイカード(株)、大証ヘラクレス上場のシステム開発会社の(株)プライムシステムが次々と闇社会の餌食になった。
駿河屋の架空増資事件
彼らアングラ人種はまともな企業を装うために、ピカピカの経歴の持ち主を取締役や監査役に迎える。東大卒で長銀元常務の高井氏は、その経歴を利用するのにうってつけの人物であった。
03年3月、高井氏は投資コンサルタント会社「飯倉ホールディングス(HD)」の取締役に就任した。大証2部の老舗和菓子店・駿河屋の「架空増資事件」を仕掛けた会社である。元バリュークリエーション役員の紹介だったという。銀行の役員経験者は再就職が厳しく、好条件で誘われて飛びついたのではないかと見られている。
業績不振に陥った駿河屋に接近し、上場を維持するために増資を持ちかけたのが飯倉HDの社長(のちに逮捕)だ。04年12月、飯倉HDを引受先に940万株、11億5,000万円の第三者割当増資を実施。そのカネは、見せ金として風俗業者から用立てた。翌日、全額が飯倉HDに還流、風俗業者に戻された。増資したようにみせかける架空増資である。
駿河屋の940万株を手にした飯塚HDの社長は、780万株を即座に手放した。これが事件師たちの手に渡り、金融ブローカーを通じて株式市場で売却された。自分のカネを一切使わずに、事件師たちは7億円の利益を得た。これが駿河屋を舞台にした架空増資事件の顛末だ。
【日下 淳】
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