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経済小説

飽くなき権力への執念 [4]
経済小説
2010年1月19日 10:16

野口 孫子

社長就任 (1)

 坂本は思惑通り、名実ともに社長になることが確定したことに満足していた。一方、坂本を自分の後継者に指名したことに対する反響が、予想外に悪いことに驚いた中井は、危惧の念を抱くとともに責任を感じてもいた。
 社長にとって、会社経営は大きな仕事ではあるが、次代の後継者を養成し、指名することが一番重要な役目であることはわかっていた。もし、後継者の選定を間違えば、営々と築いてきた山水建設の未来には、暗雲が立ち込めることとなろう。
 自分の後継者に一番相応しいと判断した坂本が、これほどまでに黒い噂にまみれていようとは!
 調査しても、確証は取れないであろう。社外の機関に依頼すれば、もう少し詳しい事実が判明するだろうが、中井としては「そんなことはあり得ない!」との思いを心の片隅から拭い去ることができなかったのである。
 そうしたことを思い巡らすうちにときは過ぎ、坂本が仕掛けた策略にはまり、新聞記者の夜討ちに取り返しのつかない失態を演じてしまった。ここに至ってはどうすることもできず、否定のしようもない中井であった。
 「わしの眼の黒いうちは、絶対に悪いことはさせん」と坂本に次期社長を託すことを、事実上、認めるしかなかったのである。
 坂本は、新人社員から営業本部長時代までのおよそ25年間を名古屋地区で勤務した。
 坂本の名古屋時代の子飼いたちは、この朗報に小躍りして喜んだ。我が大将は必ず自分たちを引き上げてくれるだろう、という期待からだった。
 坂本は社長就任に向け、組織・人事を構想する作業に入った。
 ところが、社長就任がはっきりした途端、坂本は何事においても中井に相談することなく事を進めるようになった。
 営業関係については坂本の一存が通った。しかしながら、本社や工場関係については、さすがに中井の意向を聞かざるを得なかった。
 このときからすでに、坂本と中井の間に確執の芽が頭をもたげていたのである。
 坂本はまず、自分に対し敵対的立場に立つ人物を、排除することにした。自分の地位を脅かす恐れのある人物、自分について悪い噂を流している人物、東京を中心に存在する渡部元会長一派と思われる人物などがそれである。
 坂本の対抗馬で、人望の厚い吉川専務をいかに処遇するかについては、頭を悩ました。
 中井は、吉川を副社長に昇格させることを主張した。坂本は、吉川を社に温存すれば、いずれ自分の地位がいずれ危なくなることが本能的に気付いたのであろう。「自分の先輩だから、仕事がしにくい」と言って譲らず、子会社の清和不動産の社長として放出することにしたのだった。

(つづく)

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