永続革命の決め手は創業者の執念の差
戦いの決着は、オーナーの執念の差によるものだ。北田光男氏=ベスト電器は、昭和57年に『家電小売りの日本一』の栄誉を手に入れた。これで本人も幹部たちも満足・油断の境地に達したのだ。ハキ違いした一部の幹部たちの中に、私腹肥やしに奔走する輩が現れ出したのも成り行きか!!当然、お客を蔑ろにする風土が顕著になってくる。光男氏の老齢化が進むとともに、生の情報も入らず企業革新させる気力も失せてくる。
ところが現実の企業間戦争は日を追って激烈になってくる。ヤマダ電機の創業者は「まずベスト電器を打倒して日本一を目指そう」というスローガンを掲げて全国に店舗=出城を計画。一瞬にして構築すると、簡単にベスト電器を抜き去る。次に掲げたのが「1兆円を達成しよう」とのスローガンの設定である。誰もが「家電で1兆円などできるわけがない」と論評している間に、瞬く間に目標に到達する。一般常識を超えた怒涛の進撃である。恐れ入るばかりだ。
全国の郊外店舗の砦をほぼ押さえると、いよいよ都心部戦艦店の建設に挑戦する。要は「ヨドバシカメラ、ビックカメラの牙城を侵略しよう」という魂胆である。これはまさしく正規軍同士の本格戦争だ。先だってヤマダ電機が進出した池袋三越跡の現地を見た。駅隣接戦艦大和店への初めての挑戦だ。ビックカメラ・ヨドバシカメラとの戦艦同士の砲撃戦が始まる寸前、いやもう始まったと言っても良かろう。こういう小売り戦線では凄まじいバトルが展開されている。この現実を目撃すると、「過去の栄光に浸っているベスト電器が生き残れるはずがない」という結論に達する。長閑でいられるというのは幸せなことである。オーナーの執念が少しでも萎える(永続革命の意志が鈍る)と、「敗北」という局面に陥る危険性が高くなる。常に陣頭指揮が宿命づけられているのだ。
プラス臨機応変さが勝利の決め手
ヤマダ電機池袋店が、驚くほど大量の家電・OA機器を扱っていることは言うまでもない。さらに、異業種の小売商品のコーナー面積も目立つ。ということは「家電百貨店の日本一から小売り日本一になる」と目標設定を高く軌道修正したことが伺える。ビックカメラ・ヨドバシカメラの同業者には「もう目がない、関心がない」ということだろう。勝利を収めるには、オーナーの執念にプラスして臨機応変の対応力が求められるのだ。
加えること、ヤマダ電機は「家電小売り世界一への挑戦」に舵を切った。日本を制圧した秀吉が、朝鮮征伐を手始めにして世界へ乗り出そうとしたことと同じである。凄い野望というか永続革命維持の執念である。まず中国で家電店舗を網羅することに余念がない。「日本でのこれ以上の伸びは期待できない」という戦略的判断があるのであろう。この判断はスーパー小売りの覇者イオンと同じである。イオンも中国国内に店舗展開中なのだ。
ヤマダ電機は、日本における家電業界の事実上の覇者と評価してよい。では「この勢いがいつまで続くのか」という問いに対する答えは、このシリーズの趣旨から外れているので稿を改めて、ということにしたい。北田光男氏が「全国一」に君臨した。それ以降、レポートしてきた通り、戦艦大和クラスの正規軍による「倒すか倒されるか」の激突にまで戦いはエスカレートしている。もう一度繰り返すが、この厳しい現実を直視すれば誰でもが「ベスト電器が単独で延命できる余地はない」と認識するだろう。
(つづく)