<虫のよい両天秤>
このシリーズ(4)で詳細に触れたように、巨人ライバルたちがベスト電器の牙城に押し寄せてきた。敵は都心型や郊外型と複数・多数いるから、簡単には絞り込むことができない。無策に終始するうちに相手方は、一瞬にして競合店舗面積を拡大させた。オーバーフロアになれば、同社の売上が下降始めるのは必然である。ここで社内は危機感が蔓延するはずなのだが、奇妙な雰囲気が漂い始めたのだ。束の間の安堵感というものであろうか――。
全面対決・焦土戦争に突入する前に、必ず和平交渉がなされるのは世の習わしである。彼方此方(あちこち)から「ベストさん!!私の方の陣営においでよ」と甘言が囁かれてきたのだ。幹部たちは「捨てたものではない」と平穏感に浸りだした。
一番熱心に口説きにきたのが、ヤマダ電機とビックカメラである。頭に乗ったベスト電器の経営陣は一時、両天秤にかけた。「二股膏薬」を貼って模様眺めをし、時間をかけたのである。優柔不断の有薗氏が下す結論は決まっていた。「ヤマダ電器の軍門に下ると、弱者は激しい処置を受けるのではないか。ビックカメラさんは優しいそうだな。我々の顔を立ててくれるのではないか」という安易な気持ちを優先させたのではないか。提携の相手はビックカメラに決まった(筆者は、「どちらを選択しても同じ結果になる」と思うが―)。今回、有薗氏は業績不振の責任を取って辞任をした。結果として今後、救済してくれる相手はビックカメラ以外にないということが明確になった。
<ヤマダ電機の執念>
有薗氏の見通しは唯一、当たった。「ヤマダ電機を怒らせたら恐ろしい」ということである。ベスト電器とビックカメラとの協力関係が決まった時点から、ヤマダ電機側は本格的な全面戦争に乗りだした。ベスト電器包囲網の店舗開設のスピードを速めた。店舗増設すれば人材がいる。ここでヤマダ側の巧妙な人事採用作戦が際立った。ベスト電器の課長クラスに絞ったスカウト作戦の展開である。
このシリーズ(3)で予告していた、若手社員たちの意識である。光男氏の采配の下で企業躍進を経験してきた古手幹部たちは、美味しい飴玉もしゃぶれた。ところがこの10年、ベスト電器の業績も一進一退になると、人事も硬直してくる。若手の社員たちは苦労の連続である。そんななかで会社に10年もの間勤務すると、誰しも将来のことを考えるようになる。10年勤続者は、会社の中堅に位置する人材である。彼らは古手幹部たちと比較して客観的に判断できる立場にいる。「転職の機会があれば考えよう。ベスト電器よりも大きければベターだ」と待ち構えていたのではないか。
ヤマダ電機という会社は、必勝戦略達成のためには情報収集に余念がない。また金にも糸目をつけない。人材採用には「即戦力を優遇する」と謳った。即戦力となれば、福岡都市圏・九州地区であればベスト電器の社員が圧倒的に多い。待遇条件も上回っている。若手で身軽い人材もたなびいたが、課長クラスも転職していった。心服した上司のあとを追いかけて、部下が退職した例もあるようだ。外部からでは表面上わからないことだが、有薗氏が恐れたヤマダ電機の執念は、ベスト電器の中堅・若手人材を結集させたのである。
(つづく)
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