野口 孫子
権力掌握への執念 (1)
坂本は正式に社長に就任した。このとき、中井会長は激しい権力闘争が始まることを予想していなかった。
株主総会後の夜、坂本の取り巻きは大阪の一流ホテルのスイートルームを借り切り、祝杯を挙げ、美酒に酔っていた。
そこには1本40万円も50万円もするフランスの赤ワインが何本も置いてあった。坂本が赤ワインには一家言持っていることを知っているため、用意したものだ。
「社長、おめでとうございます」
「乾杯!」
取り巻きたちは自分たちの時代が到来したかのごとく、はしゃいでいた。坂本は上機嫌だったが、なぜか心が晴れない。
「今の自分は盤石ではない」「いろんな噂もあり、中井は自分に信頼を寄せていない」「事が発生すれば、一期で社長を追い落とされるかも知れない」
そのようなことが頭のなかで渦巻いていた。
「あいつは許せん。自分の配下に、わしのことを嗅ぎ回らせている」
そんな思いから、すでに坂本のなかには中井追い落としの気持ちを密かに抱き始めていた。
社長に指名されたことの恩義を忘れ、「自分の力で社長になった」との思い上がりが、坂本の胸中でそう言わしめているのだろう。
取り巻きのなかにも、そんな大将の暴走を諌めることができるだけの器量を持った幹部もおらず、自分の立身出世のため、坂本にすり寄っているような輩ばかりだった。坂本に意見したがために、転勤、降格された者が何人もいることを知っているのだ。
坂本は『名古屋の大将』という立場に満足していれば救われたのに、坂本は大阪の本社でも『裸の王様』になろうとしていた。
(つづく)