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経済小説

飽くなき権力への執念 [11]
経済小説
2010年1月26日 09:34

野口 孫子

社長への序章 (2)

 坂本は中井の信任を得て、トントン拍子で出世街道を歩んでいた。
「中井社長の後釜は、坂本専務しかいませんね。決まったも同然ですよ」
 すでに取り巻きからも、そんな話を言われ始めていた。
 中井は渡部前会長を解任して以来、会長職を空席としていた。自分が会長に上がるときには、次期社長を選任しなくてはならない。このとき、中井はすでに、3期6年社長を務めていた。自身でも、もうそろそろ一線から降りようと思っていた。心の中で「次は坂本か」と思い描いていた。
 この時点までは、中井と坂本は密月関係にあった。
 ある日、中井は坂本を社長室に呼んだ。
「君を次期社長に指名したいのだが、君はどう思うかね」
 中井はそう話を切り出した。坂本は中井の唐突な言葉に、こみ上げる嬉しさを抑えるのに必死だった。そして、一呼吸の間をおいて、できる限り平静を装って答えをしぼり出した。
「ありがとうございます。重責ですが、一生懸命頑張らせていただきます」
 中井は渡部元会長一派による造反の際と、大震災の時に山水建設が活躍できたことで、坂本に恩義を感じていたのである。経理畑のみを歩いてきたため、生々しい人間関係には縁遠かった中井には、坂本の本性が見通せていなかった。多少なりとも営業をかじっていれば、坂本に対する見方も違っていたかもしれない。
 坂本が専務に昇格してからは、営業部門に対する中井の意向は届かなくなっていった。坂本は名古屋時代の元部下を全国各所にある営業拠点の取締役本部長クラスとして登用した。この頃からすでに、自らの地位を固めるための基盤作りを始めていたのだ。
 そのなかでも、特に東京地区には異常なほどの執着を見せた。営業の中心でもある東京には、名古屋時代の部下のなかでも一番信用のおける浅井を本部長として送り込んだ。
 東京の渡部派幹部は、それぞれを子会社か、あるいは地方の支店へ配置換えしていた。
 山水建設は営業が強い会社である。「営業が本社と工場を食わせている」という気概を持っている。坂本が営業を牛耳り、着々と社長になるための準備を始めていることに対し、中井はあまりにも無頓着だった。こうした坂本の一連の動きが、山水建設の伝統である「一致団結」の気風を壊していったのであった。
 坂本の黒い噂に関する投書が、再び東京から中井のもとに寄せられるようになったのは、この頃からであった。はじめは投書を相手にすることはなかった。社内で飛ぶ鳥を落とす勢いであった坂本に対する、単なるねたみとしか思っていなかったからだ。
 しかし、坂本のお膝元の名古屋からも、彼の名古屋本部長時代の悪事に関する投書が、寄せられるようになっていた。
 中井は、煩わしいことが嫌いなタイプである。突然、瞬間湯沸かし器のように怒り出すことがあるのも、煩わしいことにかかわりたくないためだった。
 しかし、これだけ不正の投書が送られてくると、さすがの中井にも坂本の人望のなさがわかり始めていた。「これはおかしいぞ」と思いながらも、すぐに手を打とうとしない中井の優柔不断さが、その後に自らの墓穴を掘るばかりでなく、山水の命運をも、左右することになってしまうとは、中井の想像できる範疇をはるかに超えていた。
 中井の罪は経営者として、あまりにも大きいと言わざるを得まい。それは禁断の箱を空けてしまったパンドラの如き罪であった。

(つづく)

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