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経済小説

飽くなき権力への執念 [15]
経済小説
2010年1月30日 08:00

野口 孫子

権力掌握 (1)

 年も変わり、株主総会まであと数か月となった。
 坂本は、自分の配下で全国主要地の営業本部長に任命していた者たちを取締役に引き上げることにした。もちろん、社長室長や広報部長、秘書部長を今回の功労者として取締役へ昇進させることも忘れてはいなかった。渡部一派による造反事件の際に学習していた坂本は、取締役の過半数以上を自分の支持者として確保することを、忘れていなかった。これまでの労に報いる意味も当然あるが、渡部一派による造反事件の際に学習した、取締役の過半数以上を自分の支持者で確保するためにも、彼らを取締役に抜擢することは必要だった。
 中井社長も自分を慕う小林東北営業本部長と、自分の経理時代の部下であった田村経理部長を取締役に推挙していた。
 坂本は渋々ではあるが、とりたてて反対の理由もないため、黙認することにした。とはいえ、2人の思うところを知っておく必要もあり、個別に呼んだ。
「君の力を私に貸してくれないか。もちろん、協力してくれれば悪いようにしない」
 あくまでもソフトな言い回しで探りを入れ、暗に自分への忠誠を誓うよう要請した。しかし、2人とも、その答えは予想通りであった。
「私は山水建設派ですから、誰にもつきません」
 坂本に面と向かって、そう言ってのけたのである。いつもの坂本であれば、もう一押しするところだが、ここで要らぬ騒動を起こすのも得策ではないと考え、聞き流すことにした。
 株主に送る株主総会の案内状印刷のタイムリミットが近づき、中井社長からも人事に関する異論は出なくなった。中井は坂本の社長就任に対する反対意見をいろいろなところから聞いていたので、心の中では不安に包まれ穏やかではなかった。しかし、ここまで来たら、坂本の成すがままに任せるしかなかった。
 そして、ついに中井・坂本体制による人事案が株主の元へ発送され、あとは総会で承認されるばかりとなった。
 坂本は安堵の気持ちで一杯だった。1、2年前までは中井と坂本の間は円満であり、不安要素もなく磐石の体制であった。しかし、現在ではそうした要素はもはやひとかけらも残されてはいなかった。
「あいつは間違いなく悪いことをしている」
 中井は坂本のことを常に疑念の目で見るようになっていた。
「あいつはわしを陰でコソコソ嗅ぎまわっている。許せん!」
 坂本は坂本で、中井のそうした動きを苦々しく思っていた。
 こうして山水建設の新体制は、経営の両トップ同士がいがみ合い、相互不信を託つなかでの、雲行きのあやしい船出となった。
 こうした状況は、山水建設の社員にとって極めて不幸なことであった。創業以来の伝統であり同社の力の源でもある、「どのような苦難に直面した際にも、全社員が一丸となり、一致団結の精神で乗り越えてきた気風」が徐々に影を落とし始めていた。
 このように、トップの体たらくのおかげで社力に衰退の兆しが現れ始めている状況を、上しか見えていない幹部役員に見出すことができるはずもなかった。 そうした状況下で開催された株主総会ではあったが、無事何事もなく各議案が承認されて終了した。坂本新社長の誕生であった。
 サラリーマンとして目指していた頂点を、坂本が極めた瞬間でもあった。

(つづく)

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