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経済小説

飽くなき権力への執念 [3]
経済小説
2010年1月18日 10:00

野口 孫子

新聞辞令 (3)

 坂本は焦っていた。このままでは評判の悪さのお陰で、せっかく自分が生涯をかけて掴みかけている社長の座が危うくなる。対抗馬と目されている総務・人事担当の吉川専務にとって代わられる恐れがある。
 吉川は親会社山水工業より移籍してきた人物で、能力も高く、バランス感覚も良く人望も厚い。親会社も「吉川なら歓迎」との意思を伝えてきている。
 山水建設創業者社長の山田も、中井社長も、いずれも親会社の出身だった。坂本は山水建設の生え抜き社員である。
 親会社の山水工業は、30年前に建設事業部を立ち上げ、営業の第一線では山水建設としばしば競合し、お客を奪い合うことも多くなっていた。そのため、営業出身者は山水工業に対して親会社、身内の会社というより、競争相手という意識が強く、身内であるが故に、憎しみが倍増していることも多かった。当然のごとく坂本も山水工業に対しては含むことも多く、親近感を感じ得ない者の一人であった。
 苦境に陥った坂本は、営業統括本部長の職権を利用しようと考えた。山水建設のテレビCM、新聞に関する決定権は坂本が握っている。坂本は広告業界とは付き合いも古く、山水建設の年間広告・宣伝費は建設業界一を誇っている。当然、広告業界の人間は坂本のいうことをきく。坂本は、ある広告会社の広報部長を密かに呼び出して策を授け、実行するよう指示した。
 それは、広告会社より東京新聞記者へ「次期社長は坂本専務に決定」とリークさせることだった。
 坂本は統括本部の社内旅行を12月第1週の火曜、水曜に決め、行先を台湾とした。リークは火曜、記者は裏を取るため、必ず社長の中井に会いにいくはずである。スクープであるから、記者は中井の自宅で張っていた。
 その日、中井はお客と北新地で飲んで帰り、タクシ-で帰還したところを直撃された。
 「坂本専務を次期社長に指名されたのですか?」としつこく迫られた。夜分のことであり、隣近所の迷惑を考えたことと、酔っているせいもあってか面倒臭くなり、つい、「好きなように書いとけ!」と口走ってしまった。中井の短気な性格が出てしまったのである。
 翌日水曜の朝刊には、「山水建設、次期社長に坂本専務が昇格」との文字が踊っていた。
 坂本は海外へ社内旅行中で、リークについては我関せずとばかりにアリバイが成立していた。
 木曜の朝、何食わぬ顔で出社すると、社員の態度は一変しており、「おめでとうございます」のコールで溢れていた。
 中井は天下の経済紙にスクープされ、いまさら否定しようがなく、既成事実を認めざるを得なかった。「なぜ問題ある人物を社長に?」と問われるたびに、「わしの眼の黒いうちは悪いことはさせない」との一言が、口癖となってしまった。
 この人事が原因で中井は、後々大きな後悔をすることになるのであった。

(つづく)

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