◆検察は「西松事件公判対策」で小沢急襲か
それというのも、今回の事件の構造は、贈収賄やあっせん利得罪には結びつきそうにない。
特捜部は、陸山会の土地取引の裏に、国発注の胆沢ダムの受注業者(鹿島建設)やその下請け会社からの資金提供ではないかという疑惑を強調する捜査を進め、新聞・テレビも大きく報じている。しかし、当時は小沢氏は野党の一幹部にすぎず、公共事業の発注に口を出すことができる立場ではなかった。「職務権限」そのものがない。
実際、特捜部はやはり胆沢ダムの受注業者だった前回の西松建設事件の時も今回も、発注者である国土交通省には強制捜査を行っていない。小沢氏側が受注に便宜をはかるような具体的な「口利き」を行った形跡はないからだろう。
仮に、政治家が元請会社に「この企業を使ってくれ」と紹介したとしても、民間取引の仲介であり、それ自体は罪に問われる行為ではないはずだ。
特捜部が小沢事務所が公共工事に”天の声”を出し、その見返りに献金を受けたと主張するのであれば、正面から贈収賄や談合に加わった競争入札妨害罪での立件をめざすのが本筋のはずだ。
今回の水谷建設からの「闇献金」疑惑にしても、受け取ったとされるのは石川氏など当時の秘書であり、立件されても政治資金規正法違反にとどまる。
それでもなお、特捜部が「胆沢ダム」との関連を強調するのは、小沢氏側と検察が真っ向から争っている西松建設事件をめぐる対決に決着をつけるためではないか。
小沢氏は西松事件の際、「私はすべて政治資金収支報告書に公表している」と、総選挙前の強制捜査を”国策捜査”だと批判し、民主党が政権を取った後も、「(検察は)国民のために公平公正に権力を使用しなければならない」と捜査のあり方を牽制してきた。
その西松事件の大久保秘書の公判が昨年12月に始まり、早ければ春頃に判決まで進む可能性がある。
分離裁判となった西松建設元社長の公判では有罪判決が出たものの、東京地裁は判決で小沢氏側への寄付について、「特定の公共工事を受注できたことの見返りとして行われたものではない」と検察の“天の声”説が否定された。
元検事の郷原信郎・名城大学教授は〈「無条件降伏」状態での西松建設側の公判ですら、このような状況なのであるから、被告・弁護側との全面対決となる小沢氏秘書公判での審理において、検察側の主張立証が一層困難になるのは必至だ〉(日経ビジネス)と指摘している。
もし、西松事件の大久保公判で検察が敗訴することになれば、特捜部ばかりか検察全体の威信は地に堕ち、「国策捜査」との批判が説得力を持つ。
それを防ぐためにも、特捜部は今回の政治資金疑惑捜査で水谷建設からの「闇献金」をクローズアップさせ、陸山会の政治資金収支報告書に記載されていないカネがあり、「政治資金は透明」という小沢氏の主張を覆そうとしているのではないか。
だとすれば、特捜部の狙いは、最初から小沢氏本人の立件ではなく、「政治資金の不透明さ」をアピールすることで西松公判を補強するところまでが射程だったと考えられる。
◆特捜部の「誤算」
小沢氏の資金管理団体「陸山会」が行った4億円の土地取引(04年)をめぐる政治資金規正法違反疑惑の捜査は、年明けから検察内部の足並みの乱れが目立っていた。
検察上層部は、当時の陸山会の会計担当者だった石川氏の在宅起訴(逮捕ではない)で”幕引き”という方向に傾いていた。だが、上層部の弱腰に対して、特捜部が先手を打つ。1月4日からゼネコン関係者の一斉聴取を始めたのだ。特捜部は総選挙前の昨年8月にもゼネコン関係者の大がかりな聴取を行っており、まだ”撃ち方やめ”は承服できないという検察上層部への示威行動とされる。
同時に、特捜部は小沢氏に任意の事情聴取を要請する。
「小沢氏本人を聴取したうえで、“罪1等”を減じる形で石川1人を在宅起訴するのであれば、国民に小沢氏を屈服させたという印象を与え、西松事件から1年以上捜査してきた特捜部の面目も立つし、大久保公判も万全になる。現場の検事には小沢聴取は譲れない一線で、検察首脳部もその思いに引きずられた」
検察OBの弁護士はそう語る。
ところが、小沢氏は1月12日の記者会見で、「弁護士を通じて事実関係は包み隠さず話している。検察当局はすべてご存じのはずだ」と、聴取に応じない姿勢を見せた。
「小沢聴取で幕引き」と考えていた特捜部は、その翌日、急遽、予定になかった強制捜査に乗り出し、石川氏逮捕と全面対決へと進んだ。
もはや引き返せなくなったのだ。こうなると、特捜部は何が何でも水谷建設からの闇献金を立証する責任がある。
今後、特捜部が石川氏らを「不記載」だけで起訴し、肝心の闇献金が立件できないようなら、樋渡検事総長はじめ検察全体が、証拠と見通しのない捜査で国政を混乱させたと、国策捜査批判に加えて「捜査権の乱用」という重大な責めを負わなければならなくなる。
【千早 正成】
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