「国体道路で行列を作っとるタクシーにはみんな客が乗っとるから、天神、警固のあたりまで歩きながら空車を探さんと乗れんかったとよ」(昔の賑わいぶりを偲ぶ中洲っ子の回想談より)。
高度経済成長の時代、連日連夜大盛況の中洲ではタクシーに乗るのもひと苦労だった。今となっては信じられない話だ。タクシーが行列を作るのは今も昔も変わらないが、昔は"客を乗せていたタクシー"が渋滞していたのである。現在の中洲は、空車のタクシーが行列を作り交通渋滞を起こしている。
ところが最近、中洲において"タクシーに乗れない"という事態が起きている。確かめるために中洲大通りを訪れた。深夜午前1時過ぎ、ほとんどの飲食店、とくにラウンジ(キャバクラ)やクラブが閉店するため、家路につく人でごった返している。とくにその日は休日前夜ということもあり、いつも以上に人通りが多いように感じた。
乗り場へ行ってみると、タクシーの数はまばら。さらには、利用者が列を作ってタクシーを待っている。例年、多くの店で景気が冷え込むと言われる2月に、どんな奇跡が起きたのかは分からないが、近年まれに見る光景だった。ところが、やっとこさ乗ることができたタクシーの運転手に話を聞くと、それは客数の増加が原因ではないということだった。
「お客さん、(午前)1時を過ぎるとね、タクシーはみんな中洲を避けるとです。ほら、今、規制ばやっとるでしょうが。中洲で客待ちするためにはね、一度、春吉のパチンコ屋の駐車場まで行って『許可証』をもらわないかんとです。しかし、そこに行ったら、出てくるまでに30分から1時間かかってしまう。やっと出れたら、規制が終わる(午前)2時を過ぎとる。行くだけムダです」
2月3日から23日まで社会実験として行なわれている『タクシー・クリーン作戦』が、この状況を生み出していたのだ。
実験では、午後10時から翌午前2時まで、中洲地区のタクシー利用に規制が入る。中洲大通り他、一部の区域を除いてタクシーへの乗車が禁止されるのである。また、中洲でタクシーが客待ちするためには、タクシー・プール(パチンコ屋の駐車場)に行かなければならない。そして結果、規制時間帯に中洲地区を避けるタクシーが増えているそうだ。とくに午前1時頃からタクシー量は激減し、タクシー需要に対して供給が追い付かない場合もある。
つまり、実験の副産物として、"中洲におけるタクシーに乗れない"という都市伝説が、かたちを変えて復活していたのだ。
なお、その運転手は実験に対する不満を続けた。
「規制を知らん人は、手を上げて(タクシーを)停めようとするでしょ。でも停まらんから、乗車拒否しとると思われる。この間なんか、怒った暴力団のような人から、ドアをガンガン蹴られましたよ。こっちは必死に説明しました。近くにタクシー規制をしとる警官がおったとですが、見て見ぬふりですばい」。
それが事実なら、その警官の態度は許されないことである。実際に小生も中洲大通りで酒が入った客と規制指導員が、タクシーへの乗車についてもめる場面をしばしば見かけた。
中洲では今、タクシーの運転手と客、規制指導員(警官)とのあいだに、三者三様のストレスが蓄積されつつあるのかもしれない。
長丘 萬月(ながおか まんげつ)
1977年、福岡県生まれ。雑誌編集業を経て、2009年フリーライターへ転身。体を張った現場取材を通して、男の遊び文化を研究している。
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