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経済小説

飽くなき権力への執念 [18]
経済小説
2010年2月 3日 11:45

野口 孫子

中央集権 (1)

 もはや坂本に面と向かって逆らう者はいなくなった。坂本は山水建設に絶対君主として君臨するまでになっていた。そうした傾向は、一地方の君主に留まっている間は、全社的に表面化することはなかったが、山水建設2万人を率いる社長になって以来、中井会長体制を除去しながら、着々と坂本独裁の体制固めを進めていた。
 絶対君主のような振る舞いは、心ある社員の眉をひそめさせ、ひんしゅくを買っていた。しかし、誰も諌める者はいなかった。
 唯一諌めることができるのは中井だけだが、2人は常にいがみ合い、罵り合う間柄になっていた。坂本は、中井の諌めを聞くどころか、聞く耳自体をもたなかった。社長に指名してもらった恩義も忘れてしまい、目の上のコブとしか思っていない。
「わが社には組合はいらないし、労使関係というものもない。経営陣も含め全員が労労の関係であり、経営にも参画してもらう」
 これは創業者である山田の方針であった。
 賞与についても、一般の会社で支払われている夏冬のものは当然として、中間決算や本決算の成績によって、利益を社員に還元する方式を採っていた。通常の賞与に決算賞与2回をプラスした、年4回の賞与システムを20年以上にも渡って続けていたのである。したがって、年間の賞与額は、多い年には12か月分、少ない時でも10か月分はあった。
 こうしたこともあり、経営者と社員が利益を分かち合うという一体感が山水にはあった。社員たちは「頑張れば、収入を増やすことができる」という夢も明確に持つことができた。しかるに、どの社員も目が輝いていた。
 ところが、坂本が就任して1、2年が経過すると、社内の士気も落ちていき、業績が思うように伸びない。
 当然のことながら坂本は、「自分が社長になってから業績が落ちた」と言われたくなかった。「売上数字は落ちたが、経常利益は増えた」というかたちにしたいがため、ついに「決算時の賞与をなくす」と一方的に社内へ通知したのである。事実上、報酬カットの通知であった。
「2万人分だから、優に100億円以上のコストダウンができたな」
 坂本は自らの策に胸を張って見せた。
 しかし、このときに役員の賞与カットについては一切語られていなかった。そのことについて坂本に問いただす役員もいなかった。
 もし仮に「役員もカットすべきではないか」と提案したとしても、社長の専権事項として無視されるのが関の山だ。それだけに留まらず、次回の役員改選時には、提案した役員は間違いなく解任されることになるだろう。役員全員が坂本のやり方を知っている。だから、誰一人として余計なことは言わないのだ。『貝になる』ことが一番の処世術であった。
「ごもっとも。社長のおっしゃる通りです」
 その言葉が、坂本独裁体制化における役員たちの生き残る道であった。

(つづく)

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