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経済小説

飽くなき権力への執念 [26]
経済小説
2010年2月16日 11:31

野口 孫子

独裁 (3)

 人事制度は会社の要である。社長の独断と偏見で、自分たちの将来が左右されてしまうようでは、社員としては自分の未来に対する夢が失せてしまう。
 山水建設の人事システムは、創業時に親会社・山水工業のシステムを真似て作られ、以来、それを基本に運営されて来ていた。
 親会社には労働組合があるため、長いあいだ運用されてきた人事システムを、社長の独断専行で勝手に操作することなど、ありえないことだった。
 当然、「なぜ、あいつらだけを特進させるのか」という疑問が社員の間に広がってゆき、結局、「何かわからんけど、社長にごまをすったのだろう」と、あきらめにも似た虚しさが、社内に充満するだけであった。
 「一の谷の戦いで“大勝”した」との知らせが源氏の大将、頼朝に届く。その夜、頼朝が家臣の大江広元と話をする場面が、司馬遼太郎の小説『義経』にある。
「今すこし控えめの勝利でもよろしゅうございましたなあ」
 戦勝が大きすぎたことを広元は憂え、いぶかる。
 頼朝は「そのわけは何か?」と聞く。
 「大功は妖怪を作ると申します」。妖怪とは、慢心のことを指している。「ヒヨドリ越えの奇襲に成功した戦勝の立役者義経の心には、きっと慢心が兆しているだろう」と。
 今の坂本は、この慢心に陥った状態であると言わざるをえない。
 中井元会長とのあいだの長い戦いは、熾烈を極めた。
 全役員を対象とした多数派工作のための、なりふり構わぬ懐柔策や、秘書室長を抱き込んでの中井による反坂本工作に関する動向の把握、といった権謀術数の限りを尽くして、ようやく誰にも邪魔されない、独裁体制を確立したのだ。
 心の中に「慢心」という妖怪が住み着いたことにより、坂本は好き勝手をし始めたのである。この慢心のために、「事あれば、一致団結して困難に立ち向かう」山水建設のよき伝統が、失せかけている。
 そのことは、山水建設が業界リーダーの座から二番手に転落したことによっても、証明されている。
 山水製品の品質の高さは、今でも他の追随を許さない。品性が高くてマナーも良く、顧客のために懸命に尽くす社員の姿勢は、トップの体たらくにも関わらず、変わっていない。
 こうした社員の努力を当然のことと思い込み、「自分の保身と利益」しか考えない人間がトップであることに、この会社の悲劇があるのだった。

(つづく)

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