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経済小説

飽くなき権力への執念 [31]
経済小説
2010年2月23日 10:46

野口 孫子

経営者の倫理 (2)

 高級ワインなど飲んだことのない工事店の社長が、坂本のところへ挨拶に行くと、「どうだ、これを一杯飲むか」と勧められたのでありがたく押し戴くと、「どうだ? うまいだろう」と得意げに聞かれたという。工事店の社長にしてみれば、20万も30万もするワインを飲むなどというのは、生まれて初めてのことである。高級ワインの味など分かろうはずもないのに、「おいしいですね」「こんなにおいしいのは初めてです」と、冷や汗をかきながら答えるしかなかったらしい。
 坂本は「おれは、お前たちとは違うんだ」ということを披露したかったのだ。
 創業社長の山田は工事店会議に出た際には、「社長、職人は社員と同じだ、皆家族だ」と言って、人間関係を大事にしていた。その飾らない態度を、工事店側も意気に感じていた。
 ところが、工事店の社長たちは、坂本と接してみて「今度の社長は様子が違うぞ」との感触をもったようである。
 ある工事店の社長が、「今度の社長は成り上がり風ですなあ」といみじくも言っていたのが、状況を象徴している。
 坂本はなにごとにつけ、「勝ち組は何をしてもいい」という論理で振る舞っているが、いつの日か必ずしっぺ返しに合うだろう。経営者は、自制・自律の精神にもとづく倫理観を持ち合わせていなければならない。
 孔子は、国を治めるにはまずもって、食糧・武器・信頼が必要であると、徳治政治について述べたなかで語っている。孔子はそのなかでも、最後まで堅持しなければならないのは、信頼だと言っている。
 「信なくば国立たず」ということだ。会社も同じで、「信なくば会社立たず」である。
 トップ経営者にとって、会社の信頼をいかに維持させるかは大きな仕事である。信を寄せられるに足る態度を、株主・顧客・社員・協力業者の前で、見せなくてはならないのだ。威張ることが仕事ではない。社員も工事店も、普段着の、化粧をしていない坂本の顔や背中を見て、人物を判断しているのだ。
 経営者が高い倫理観を持っていれば、部下はその背中を見ながら、黙ってついてくるものだ。
 しかしながら坂本は、力と権力でしか、部下を掌握することができない。
 坂本は部下に、「知恵を出してもっと働け」と要求する。しかしこの言葉は、トップ経営者に対してこそ向けられるべき言葉である。それを坂本は、「自分だけは特別だ」とでも言わんばかりに、部下に対して要求する。「自分がいなければ会社が成り立たない」という思い上がりが、坂本を支配しているのだ。
 このことが将来、会社存亡の危機のときに自らの足を引っ張ることになるのを、坂本は気づかないでいる。

(つづく)

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