開発事業が当たりに当たり、本業の請負建築事業に、もうひとつの柱として「事業開発事業」が育ってきた――と言っていた矢先の『リーマン・ショック』であった。
しかしその1年も前から、欧米の投資会社は、買い漁っていた日本の不動産市場から撤退を始めていた。東京、大阪の大都市の地価が一気に下落しはじめ、本国からは秘密裏に撤退の指示が出ていた。欧米ではそのときすでに、サブプライムローンの焦げ付きが判明しつつあったのである。
投資会社はすでに、今後が大変なことになることはわかっていた。外資の動向が怪しくなっているにもかかわらずその動きに敏速に対応できず、積水ハウスはなおも土地の仕入れに走った。それらがやがて不良資産化したことについて、経営者としての責任は逃れられまい。
不良資産の処理のため、今1月期の決算で特損650億円を計上、赤字決算となった。経済事情の激変などを理由に挙げているが、時代の変化を読む、あるいは経済の変化を読むのが経営者の仕事だとすれば、それを読めずに、何の対応もできなかった、ということだろう。
経営者としては、「予期せざる不慮の災難」とでも言いたいだろう。そして、特損による赤字決算を経済環境のせいにしたいだろう。
しかし、社長は「不慮」と思ってはいけないのである。考えてもいなかったこと、想定もしなかったこと、それらが起これば、それは社長の責なのだ。社長が本来、このような事象が起こるという予知する「情報収集」を怠っていただけである。
車を運転していて、ひょっとするとバスの陰から子供が飛び出すのではないか、左折の時に自転車が猛スピードで横切るのではないか、と想定して確認するようなものだ。
仮に、「サブプライムローン問題やリーマン・ショックなど予知できるはずがない」、という言い分を百歩譲って認めたとしても、リスクを分散せず、致命傷を負わせた責任はあるはずである。
今回の積水ハウスの結果は、不断の努力と、持続する緊張感の不足と断じる。
【野口 孫子】
*記事へのご意見はこちら