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経済小説

飽くなき権力への執念 [40]
経済小説
2010年3月 8日 09:58

野口 孫子

権力の全盛期 (3)

 優秀ではあっても、若手社員を特進させるには、周囲を納得させるに足るそれ相応の要素が必要なものである。成績がいいからといって、いきなり役員の一歩手前の地位にまで引き上げるのは、考えものである。突出した人事が続けば、組織を白けさせてしまうことになる。
 例えば織田信長は、改革を目指して組織の既存の慣習を壊し、能力ある者は農民出身だろうと取り立て、昇進させていた。
 信長はどんな抵抗にも屈せず、高い理想に向かって突き進んでいった。
 坂本のやり方には、信長とは大きな違いがあった。少し踏み込んで考えれば、情実人事であることは容易に推測できた。
 秘書部長の井口は、坂本への対応を表の部分と裏の部分とに使い分け、しっかりと勤め上げていた。井口は、黒い噂に包まれた「坂本の裏」を熟知している人間である。坂本は井口を、「それなりに処遇してやらねばならない」と思った。
 しかし、事務部門で目立った業績を上げるということは、まずあり得ない。ましてや、二階級も特進させるだけの業績も理由も、とてもではないがみえてこない。坂本による独断専行人事としか思えない。
 また、支店長の松田、西村の両名が異例の昇進をしたのは、坂本の二男が勤務しているNEXT社の製品を山水建設の商品の中に組み込み、その商品をそれぞれの支店で全面採用したからだということも推測できる。
 これもまた、坂本に対するゴマすりであった。
 「坂本も人の親」である。息子の実績向上のために加担してくれている支店長のことを、可愛いと思うのは当然だろう。会社の私物化につながることであるのは、言うまでもない。こうしたことが、坂本の「人間としての在り方」に疑問符をつきまとわせているのだ。
 「改革」という大きな理想を掲げつつ、「清く正しく美しい」人事改革を公平に行なうのであれば、皆は納得する。
 2009年のWBCでは、不調のイチローを若い選手が中心となって支え続けた。
 「いつも一番に来て、特打ちをしている着飾らないイチロー」の背中は、「自分たちがやらなければ」との思いを、選手たちのあいだに自然に喚起させたのだ。あるべきリーダーの姿の、手本だといえよう。


(つづく)

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