野口 孫子
社長交代 (1)
サブプライムの影響受けて、開発事業はほとんど業績に寄与しなくなってきていた。既存事業も伸び悩み、今後数年は業績が伸びることも期待できない。このまま社長にしがみついていると、「業績悪化」を理由に社長の責任問題に発展しかねない。
「今だと大きな傷を負うこともなく、次期社長に引き継げば、自分の責任は逃れられる」
坂本は、本音では社長を辞めたくはないが社長を退くいいタイミングと思っていた。坂本の頭には「会社の未来のため」という気持ちはなく、「いかに自分の権力を存続できるのか」で一杯だった。そのためには、自分は代表権を持つ会長に退き、権力を持ったまま「院政を敷く」ことだった。坂本は生来、自分の利益しか考えない男だった。
過去、自分が中井会長に対してひどい仕打ちをしたように、自分が会長になった途端、新社長が代表権、人事権を振りかざして自分をないがしろにして、挙句には「追い出されてしまうのでは」という不安が拭いきれなかった。
そうさせないためには、後継者の条件は「権力欲がなく、自分に従順で、若いこと」が必要だった。
開発事業が華やかな時代は「中村副社長が次期社長」とも噂されていたが、今や、坂本と中村の関係は剣悪になっており、あり得ないことだった。
坂本は、自分の考えている基準からすると、同じ営業出身の若い斉藤常務が適任と判断した。年は坂本より10歳若く、斉藤は大先輩の坂本の前では緊張して、頭が上がらず、従順であった。
坂本は、斉藤を社長室長、経営企画室長に任命することで、「次は斉藤」を内外に示した。
(つづく)