<守りの重要さを知る>
「たしかに、その人とのつながりはあります」
ある取締役が渋い顔で言う。どうやら、その総会屋は、総会屋グループのナンバー2らしい。その人と取締役が知り合い、クラブなどでの飲み代を負担した。そして、それがつながり、東京都庁近くの土地の斡旋までしてもらえたことがあったという。県警サイドは、これ以外にも当然利益供与しているはずと踏んで捜査に乗り出したのだ。反社会的な組織に利益を与えたとなると上場の廃止にもつながりかねない。黒木は危機を感じた。
数度にわたり、黒木は福岡県警に呼び出された。飲み代程度ではなく、裏で利益供与をしているだろう。そうでなかったら株主総会が荒れないはずがない。脅迫に屈しただろう。県警が迫る。ところが黒木はそんな事実一切知らないのだ。いずれの質問に対しても黒木の答えは一つだった。
「利益供与の事実はありません」
ポリグラフ(嘘発見器)にまでかけられることになった。県警としては、それほど信じられない内容だったのだろう。けれどもポリグラフの反応は県警の思惑とは裏腹に、黒木の主張を裏付けるものになった。加えて、社内のさまざまな書類を点検しても利益供与を行なった物証は得られなかった。こうして黒木を含む、ディックスクロキにかけられた容疑は払拭されたのだった。黒木は一筆、「反社会的な人との接待は二度といたしません」という旨の始末書を書き、総会屋問題は解決した。
株式公開会社として、もっときちんとしなくてはならない。法律に触れることをした場合、株価は暴落する。ことによっては上場廃止されかねない場合もありうる。ひとつのミスが会社を危機的な状態にまでしかねないのだ。今回の一件に黒木は襟を正された気分だった。知らなかったでは済まされない。付き合う人をよく吟味して、どこを突かれても問題が発生しないようにせねばならない。株式公開には、それだけの責任が伴うということを黒木はポリグラフにかけられるという恥辱を味わって、改めて思い知ったのだった。
企業を前に進めること。さらに大きくすること。利益を生み出すこと。いずれも攻めの戦術である。これだけでは企業を永続繁栄させられないと知ったのだ。守りも必ず必要なのだ。ほころびが生じないようにすることも重要なのである。こうして黒木の仕事にコンプライアンスという新たな項目が加わった。
【柳 茂嘉】
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