<株価3,990円を記録>
守りの大切さ。黒木はそれを肌身を通して知った。そして、それは己が牙城を一個の小石が崩壊させうる危険性を認識させたのだった。攻めるだけではいけない。守り、それもささいなところまで気にかけねば、これまでの成長を一気にゼロに戻してしまう。
これからは攻めるだけではなく、守りにも力を入れなくてはならない。企業経営の困難さを改めて感じたのだった。
黒木の苦心も知らず、株式市場での評価はうなぎ上りだった。店頭公開の仕組みがなくなり、JASDAQ上場企業となっても規模を大きくさせ続けているディックスクロキの株価は止まるところを知らなかった。従来のコンサル、建設、管理の環に東京出店という新たな要素が加わり、大型物件まで手がけることができると証明したことが株価を大きく吊り上げたのである。
2005年12月末には株価が最高値の3,990円となった。
「黒木社長、市場を活性化させるために手持ちの株を少し売却してみてはいかがでしょうか」
「売る気はありませんよ。ちなみにいくらくらいになっているんですか」
「4,000円近くにまでなっています。発行済み株式全部で150億円くらいです。お手元に半数程度の株式をお持ちですから、70億程度の価値になります。全部とは言いませんが、2割程度市場に出してはいかがですか」
2割市場に売り出しても筆頭株主の地位は変わらないし、市場が活性化して株価がさらに上がることが期待できるのだ、と証券マンは言う。けれども、黒木はその話に応じることはなかった。お金は必要な分以上を会社から報酬として出してもらっている。お金のために会社の株を売り出すなんて、もってのほかである。
社に何らかの不利益が生じるかも知れない。ひょっとしたら企業買収にもつながるかも知れない。そうなったら、社員や協力企業に、どう申し開きすればよいというのだ。お金のためだけに魂を売ることは黒木の選択肢には存在しなかった。当時を振り返って黒木は言う。
「2割程度、と数字の上では軽いように思えますが、手持ちの株式の2割なら14億程度という莫大な金額になります。売ればそれだけの金額になったのですが、社員の皆がつくってくれた企業価値を自分ひとりで享受することは考えられませんでした。今考えても、それは正しい選択だったと思います。けれども、もし14億ももらっていたら、どんな生活になっていたのか、ちょっとだけ興味はありますがね」
悔しさなど感じさせない軽い口調で黒木は冗談のように笑っていた。
【柳 茂嘉】
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