<不穏な風を感じ2つの仕入れを否決>
2008年、黒木の最初の仕事は取締役会だった。今期の見込みが発表される。過去最高の売上と経常利益が得られるとの報告があった。一見、景気がよい報告だが、黒木にはもっと大きな不安があった。先日のロスにおける顧客との話でも外資系ファンドがいつ撤退を開始するか分からない。いい結果を聞いても黒木の頭から心配を払拭するまでにはいたらなかったのである。
議題が次に移る。新たな仕入れの稟議である。大型物件用に奈良と大阪で仕入れをしたい旨が取締役会に提出された。今の時期に大型物件を仕入れることはリスク以外の何ものにもならない。モルガンスタンレーをはじめとする外資系大手投資ファンドの動きに変化が見られたのも、仕入れを躊躇させる原因となった。これまでは物件に対して短時間の審査でプロジェクトの開始を決めていた外資系ファンドが、返事をしぶるようになってきたのだ。世界経済が本当におかしくなってきているのかも知れない。そして、それが我が社の命運を握ることになるかも知れない。黒木は取締役を問いただした。
「その物件の出口はしっかりしているのか」
「小口のファンドですが、大丈夫だと思います」
「そのファンドは、どこか大手の裏書きがあるのか。資本はどうなっている」
「大手の裏書きはありません」
ふたつとも状況は同じだった。黒木はリスクを避ける決断をし、その旨を取締役会に伝えて、両者ともに否決することにした。
これまでの大型物件の取引の場合、資産背景のある大手ファンドが販売先である場合は取引が必ず実行された。また、その子会社や関連会社であっても親会社が取引を保証して(裏書き)くれていた。ところが、2007年の秋ごろから、資産背景のない小規模なファンドが出てくるようになり、数年かかるプロジェクトに絡むようになってきていたのだ。万が一、ファンドが成立しなくなった場合、資産背景がなければ損害をすべてかぶらなくてはならなくなる。今回の件は当たれば大きな利益になるが、外れたら致命的なダメージになりえる。経営者としてそんな博打を打つわけにはいかなかったのである。
黒木は最高売上と最高益を出したこと、そしてそれを発表できることを嬉しく思ってはいたが、もろ手を挙げてというわけにはいかなかったのである。この嗅覚が正しかったことは、それから徐々に明らかになっていった。
【柳 茂嘉】
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