<事実上の倒産勧告>
プロジェクトを進めるための融資は期待できない。これによっていくつかの物件が行き詰まってしまうことになった。営業部隊に、これまでにない指示を出す。
「今ある物件の販売先を見つけよ」
時計のように正確に進んできた計画が世界情勢の悪化、銀行の方針変更という大きな歯車を二つ失ったことで全く機能しなくなってしまった。リスクは覚悟の上、検討に検討を重ねて石橋を叩いてきた「つもり」だった。多少の荒波なら越えられるだけの推進力を持っている「つもり」だった。融資を力点に、プロジェクトを支点に、利益を作用点にするレバレッジ(てこの原理)効果を最大限に活用してきたディックスクロキは、力点を失うことでバランスを一気に崩してしまった。黒木は銀行と両輪でやってきたため、片方のタイヤが抜けてしまったら転んでしまうのは道理である。事態は最悪の方向に進んでいった。
案件が次々に頓挫してゆく。それにより生じた穴は自力で埋めるよりほか仕方がない。約35億円あった自己資金が溶けていった。プロジェクトが大きければ大きいほど、多くの資金が流れ出ていった。財務状況はどんどん悪化していく。それに伴い、昨年まで甘い言葉をかけてくれていた銀行の態度が硬化していく。体力がなくなっていく加速度より、銀行が厳しくなっていく速度の方が上回っているように感じられた。ある地銀が黒木に迫る。
「今ある土地をとにかく売ってください」
黒木は食い下がる。
「土地は建物を建ててパッケージングをして売るために仕入れたものです。土地を何もしないで販売しても利益はまったく生まれません。それどころか損失を出してしまうことになります」
「損得ではなく、とにかく売ってお金に換えてください。そうしていただくよりほか、どうしようもありません」
状況は悪くなる一方だった。都銀は融資をストップしている。地銀は会社の損失のことなどお構いなしだ。土地を売っても仕入れ値にも満たないことは分かっているはず。それにもかかわらず売れという。損を被れという。現状を見れば誰でも損害が広がれば耐えられる状況にないことは分かる。つまり、黒木に突きつけられているのは事実上の倒産勧告なのだ。
【柳 茂嘉】
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