<息子と自分のコントラスト>
11月に入ると、いよいよ最後のステップに入っていった。現預金は残り6億になっていた。弁護士の手配におよそ6千万円かかる。残り5億4,000万あまりで民事再生法を申請することになった。申請する時期は11月の中旬とした。その間、社内では関係者への通知書類の作成など、前向きではない業務が行なわれていた。書類は封筒に詰められて、その郵送費だけで1,000万円かかることになる。黒木はその様子を見、もの寂しいような気持ちになっていた。もう戻ることはできないのか。自分の決断に間違いはなかったのか。別の道は本当になかったのか。自ら問いただしても答えは見つからなかった。
11月7日、長男が黒木に相談を持ちかけた。11月11日に婚姻届を提出したいと言ってきた。内心は、それどころではない状態だった。けれども精一杯の笑顔で息子の今後を喜んだ。家族には相変わらず何も伝えてはいなかったのだ。家族は黒木の状態を何も知らなかった。無邪気に幸せな未来を描く息子を見て、今置かれている立場のコントラストに戸惑う。息子には幸せになってほしい。孫も生まれてくる。雨の日が永遠に続くわけではない。きっと、今の状況も乗り越えられるはずだ。これまでも苦境には数々あってきた。自分ならできる。短い間にいろいろな考えが浮かんでは消えていった。11月11日、1が揃う日に新たな人生を息子が始める。自分も先に進まなくてはならない。そのためには幕引きをきちんとしなくてはならない。決意を新たにして、黒木は作業を進めることにした。
関係者には迷惑をかけられない。工事を担当している取締役に現在進行中の物件の書類を全て持ってこさせて、自らの目で、支払わなくてはならない金額をチェックした。どうやっても迷惑をかけることにはなる。問題は、どれくらいの傷を負わせることになるか、だ。これまで協力してくれたゼネコン、下請けがあったからこそ事業を進めることができた。その協力者が共倒れするような大火傷を負わせるわけにはいかない。数字を細かくチェックする。商事留置権の情報を伝えるなどの対策を進める。
11月13日。黒木は疲れ果てていた。明日、民事再生法の申請をする。そのためにできる限りのことはやった。社員の今後も、協力者たちへのダメージも、できるだけ守る努力をした。いよいよ明日だ。日が暮れてきた。黒木は酒場へ足を運んだ。
【柳 茂嘉】
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