九州電力川内原発の隣接海岸に続々漂着するサメやウミガメの死骸は、何を物語るか。鹿児島県の有志グループによる調査研究は、多くの問題を提起している。当然ながらそれは3号機増設問題に波及するため、九電はもとより国や自治体も正面から向き合う様子は感じられない。それどころか、かつて川内原発ならではの驚愕すべき事件も起きているが、行政に住民をフォローする姿勢は見られない。
<膨大な温排水の影響>
川内原発の温排水を調査してきた橋爪健郎元鹿児島大学理学部助教授や佐藤正典同教授ら地元有志による研究結果のポイントは、要約すれば以下の通りだ。
まず、九州二番目の大型河川である川内川は、山や森の恵み、すなわち栄養分たっぷりの水を大量に東シナ海へそそぎ、周辺海域の微少なプランクトンから大小の魚類を育てている。それが冷却水として大量に原発に取り込まれ、そして排出されるときに何が起きるか。取水口には魚類を取り込まないように網がかけられているが、微細なプランクトンや魚卵はそのまま吸い込む。そして放出される配管内では先のような小さな生きものたちをはじめ、海水に含まれる異物がパイプに付着しないように次亜塩素酸ソーダが混入される。
さらに発電タービンを回した熱水(蒸気)を冷やす海水は温かくなるが、そのときのヒートショックが微生物や魚卵に影響しないはずがない。九電は「影響なし」を主張するものの、それがデータで示されているわけでもなく根拠は希薄。したがって、放出される温排水中の微生物や魚卵は死滅または次亜塩素酸ソーダで汚染され、それをアジやサバなどの中小の魚がエサにし、さらにそれをイルカやクジラ、サメなどの大型魚類がエサにするという構図になる。
温排水は石油や石炭などの火力発電でも出るが、火力は原発より発電効率がよく、排出される温排水は原発の半分強だ。それ以上に重要なことは、原発の温排水には放射能が含まれていることだ。九電や関西電力などの原発は、東京電力や中部電力のそれと炉型が違うため、含まれる放射能は少ない。しかし、九電自身が言うように、作業服の洗濯水など基準値以下の微量放射能水は温排水として放出されるのはどの原発でも同じだ。
したがって、原発の温排水が生態系に与える影響を精査する必要があるが、国や電力会社は「基準値以下」として、長期の影響は無視する。しかし、原発温排水が何十年にもわたって海へタレ流されたらどうなるか。しかも、有志グループの調査で明らかにされたのが、取水時と放出時の温度差を7度以下にするという九電の約束が守られていないこと。さらに温排水が拡散、すなわち周辺海域の温度まで下がる範囲は九電が2㎞圏としているのに対し、実態は5~10㎞にもおよんでいたこと。すなわち川内原発の温排水がもたらす環境への影響は、九電や行政の想定以上ということである。
そして、長年流される膨大な温排水は一定の範囲の海水を常時温めているため、取水するときの海水自体がすでに温度が高く、それを循環させている。簡単に言えば、川内原発の周辺には常に温かい海水、ホットスポットができている結果、南方系魚類が集まりやすい環境になっている。その結果が大型魚類の死体漂着ではないか。放射能や次亜塩素酸ソーダを取り込んだ微生物や卵、稚魚を中小の魚が取り込み、最後にそれら中小の魚は大型魚のエサになる。放射能が生体内で濃縮されることを考えれば、大型魚が死体または弱って漂着してもおかしくないということだ。
<地元の反応と九電の回答>
そんな現実を地元はどう見ているか。直接影響を受ける漁業関係者は、「うちは増設に反対。周辺漁協はみんな同じでしょう」(串木野漁協)と言うが、地元だけは違うようだ。「原発に関係する問題には答えられません」(薩摩川内市漁協)、と「見ざる、聞かざる、言わざる」の構え。自治体はどうかといえば、県の原子力対策室や市の原発対策課など、直接の当事者はもとより、環境、水産資源関係部局それぞれの業務範囲が違うことを理由に、まともに調査する気もない。
九電広報部は「当社のデータでは取水時の7度以下」は守られ、「海流の関係で沖合の温かい水の塊が周辺に流れ込むことも」と有志グループの指摘を否定する。「私たちはこれまで何度も九電に質問状を出していますが、回答は常に広報部門による口頭で、文書やデータでのそれはありません。しかも延々時間がかかる」というのは、川内原発地元住民団体の川内原発反対連絡協議会の鳥原良子会長。メディアの取材対応も同じで、きちんとした回答を得るには数カ月を要しそうだ。
先の有志グループは、3号機増設のために九電が行なった環境影響評価には欠陥、不備があるとして6月には九電を提訴する。温排水の影響が法廷で論じられるとなれば、広報部門の口頭回答とはわけが違うだけに、裁判の行方を注視したい。
<住民に忍び寄る危険>
さらに、終わったこととはいえ過去の驚愕すべき事件により、旧川内市住民が抱える深刻な問題も明らかになった。それというのは、川内原発が稼働して10年後の1995年、水道水が塩辛くて飲めなくなったというもの。「蛇口から出てきたのは海水そのもの。給水車が出る大騒ぎになりました」(前出・鳥原氏)。それが何を意味するかは明白。市内の約半分をまかなっていた上水道は川内川の水。その取水口まで海水が遡上してきたということだ。大型河川では潮の干満により、かなり上流まで海の水が逆流する。それが水道水になっていたということは、旧川内市住民は原発の温排水を飲まされていたということである。
「その後、取水口は河口から11.5㎞上流の現在の場所まで移動しました」(薩摩川内市水道局)と言うが、それまでの10年間、住民は微量ながらも温排水を飲まされていた可能性がある。微量の放射線被曝の影響は、長期的かつ緩慢に現れる。水道水は当然ながら水質検査があり、塩分濃度などチェック項目は50以上あるものの、放射能濃度は対象外だ。自然界には微量の放射能があるとはいえ、原発の温排水が水道水になる可能性があったのは全国でも川内原発だけだろう。
「川内市の医療費は全国平均の約2倍」(市内の主婦)という声を聞くが、南隣のいちき串木野市住民によれば「うちは川内市より高い」という。事実関係は改めて調査する必要があるが、気になるのはいちき串木野市で桜の花の萼(がく)を観察している藤田はつえ氏の証言だ。「花びら同様に5枚が基本なのに、3~4枚だったり逆に6~7枚だったりする異形の萼が、花びらの異形以上に目立つ」と言う。
原発からは温排水だけでなく、排気筒からも放射能が放出されている。もちろん「基準値以下の安全なレベル」というのが国や電力会社の立場だ。しかし、放射能の影響は人間なら乳幼児、動植物でも弱いところから先に出てくる。川内や串木野でのさまざまな現象は、何を表しているのだろうか。
恩田 勝亘【おんだ・かつのぶ】
1943年生まれ。67年より女性誌や雑誌のライター。71年より『週刊現代』記者として長年スクープを連発。2007年からはフリーに転じ、政治・経済・社会問題とテーマは幅広い。チェルノブイリ原子力発電所現地特派員レポートなどで健筆を振るっている。著書に『東京電力・帝国の暗黒』(七つ森書館)、『原発に子孫の命は売れない―舛倉隆と棚塩原発反対同盟23年の闘い』(七つ森書館)、『仏教の格言』(KKベストセラーズ)、『日本に君臨するもの』(主婦の友社―共著)など。
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