14日の投開票で元佐賀市長・木下敏之氏(50)は、74,228票を獲得したが、高島宗一郎(36)(209,532票獲得)、吉田宏氏(54)(144,828票獲得)に届かず、当選を果たすことはできなかった。
今回の選挙戦、木下氏の陣営は、選挙対策本部長などの役職を設けず、組織としての選挙を行なわなかった。告示後の1週間は、各区で自転車遊説と街頭演説を行ない、以降は街宣車で各区の団地、戸建を中心に支持を訴えた。選挙が後2日と迫った12日、木下氏は、街宣車で博多区や東区の団地を街頭演説の場所に選んでいた。この時期に、商店街といった人が集まる場所を中心に遊説をせず、団地を主な遊説先に選んだのは「政策を市民に届けるため」という木下氏の考えによるものだ。
13日も木下氏のこだわりで、各区住宅地を街宣車で遊説、14日を迎えた。投票が締め切られた20時から約15分経った頃に、事務所内に高島氏当選確実という知らせがあり、事務所関係者のなかには、事務所の外に出て泣くものもいた。
木下氏は、敗戦後に行なわれた記者会見で、選挙戦を振り返り「残念ながら当選できなかった。最初は少ない人数から始めたが、どんどん仲間が増えて、ひとりひとりの支援を受けてやってこれた。やれることはやったが、力足らずで皆さんに迷惑をかけた。まだまだ活動力が足りなかった」と述べた。自民党対民主党という政党選挙の形になりましたが」という質問に対しては「福岡市長選のような大きな選挙ではこれまでもあったこと。自らの活動が足りていなかった」と答えるにとどまった。しかし、事務所関係者は、「個人を選ぶはずの市長選が、政党選挙になってしまった。非常に残念」と悔しそうな表情で語っている。
今後については「まだ決めていない」とした木下氏だが、「福岡市は良いまち。このまちが豊かになるお手伝いをしたい。福岡に骨を埋めたい」とも語っている。これからの木下氏の活動に期待したい。
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