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天国と地獄の狭間~新興デベロッパーの倒産から再出発までの600日の記録 (45)
経済小説
2011年1月27日 13:16

 7月くらいから他の営業担当役員、それに会長・社長まで含めて、ついつい現実を直視せず、希望的観測にすがる傾向が現れてきた。8月に入り、大分のホテルの融資の期限まであと少しという時期なのに、大分ホテルをどこといくらで商談するのかという基本的な部分が固まっていなかった。それだけではなく、社内の営業幹部数人のなかでデマが発生するのである。
「大分ももうすぐ決まる。某信託銀行から四国の買い手から買付が入りそうで、お金も持っていてすぐ決まりそうだ。とりあえず信託銀行の名義で買付が入りそうだ」
 というのは黒田会長の弁であった。

「本当ですか?」
社内の営業幹部数人のなかでデマが発生する... 私は答えた。その頃には私も、全て書面を確認しないと何も信じられないという心境であったので、勘ぐってしまうのだ。
「本当にそうなら、少し値下げしてでも信託銀行に売ってブリッジ保有してもらえば、当社は1件片付けられます。信託銀行もそのほうが粗利益を稼げていいでしょう。でも、そんな都合のいいことってありますか?とりあえず営業担当取締役に確認してみますから」

 そして私は、稲庭取締役に電話した。
「黒田会長から、四国の顧客からの買付が信託経由で出そうという話を聞いたけれども、それって本当かい?」
「いえ、それはCAです」
 CAとは、秘密保持契約のことである。何のことはない。物件資料を提供するのに関心先と秘密保持契約を締結するというだけであった。秘密保持契約の締結から売買契約まで行く確率は高くても数パーセントであろう。そこで私はそのことを黒田会長に報告した。
「例の四国の信託銀行のお客は、単にCAを入れるだけの話のようですよ。それを買付が入りそうなどと銀行にいってしまってはかえって疑念をもたれます」
「何だ、ただのCAかいな?!」

 たぶん会長は、営業社員の士気が下がらないように、ということも意識して、何でも楽観的に受け止めるようにしていたのだろうと思う。しかし、今回の場合は、いちばん厳しい現実を突きつけられているのは最前線の営業社員であるいっぽう、会長には、断片的な情報しか報告されていない状況だった。これでは、やもすると社員の不安はかえって増幅されてしまう。
 有事の営業責任者は、状況を要点よく定期的にトップに報告しつつ、必要な作戦の修正を行ないつつ現場の士気を高めて各社員に営業に当たらせることが必要である。しかし、営業責任者がどちらかといえばいち営業社員となっての商談に注力してしまい、早期の販売戦略の変更などを判断する機会を逸してしまったことが反省される。

〔登場者名はすべて仮称〕

(つづく)

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