この条例の具体的な内容をご紹介する前に、検討過程において私が勉強になった点について少しお話させていただきます。私はこのとき以前は、生活交通について深く勉強したことも、理解もしていませんでした。バスに乗れば運賃を払い、電車に乗れば電車代を払い、タクシーに乗ればタクシー代を払う。そのような需要と供給の市場原理のなかで「交通」というものに関わってきたため、「交通」が持つ「公共性」について、深く意識していなかったのです。
しかし、よく考えてみると、たとえば福岡市の場合は、水道は市の水道局が供給していますが、電気・ガスは民間企業が供給しています。これらは生活に欠かせない高い公共性があるものです。「交通」も同じだと気づきました。通学、通院、買い物など、人が生活していくうえで「交通」の存在は欠かせません。それなのに私のなかでは、「交通」が電気・ガス・水道と同じくらい公共性が高いものだという意識が全くなかったのです。電気・ガス・水道が供給されない地域は、制度上生まれませんが、「交通」の場合、道路運送法改正による規制緩和によって、「参入の自由」は「撤退の自由」をもたらし、現に公共交通が供給されない地域が出てきているのが現状です。そのような事態に直面することになって初めて、私のなかに「交通」の公共性に対する意識が芽生えました。
このように生活交通条例の制定を支援させていただいた過程で、「交通とは非常に重要な社会インフラであり、生活に欠かせない高い公共性を有するものだ」と学んだことは、私にとって大きな意識改革になりました。
また、生活交通を支える登場人物は、公共交通事業者だけでなく、行政だけでもなく、市民、NPO、企業、地域の皆さんであるということも極めて重要なことです。つまり、生活交通を支えていくスキームは、「官から民へ」「官民の共働」によるまちづくりそのものだと言えます。そしてそれは、私にとっての最も重要なテーマである「成熟社会における政治・行政の仕組みはどのようにあるべきか」という課題と見事に符合しました。これからのまちづくりは、「生活交通」という視点もしっかりと踏まえて、組み立てていく必要があると感じています。
<プロフィール>
寺島 浩幸 (てらしま ひろゆき)
福岡県立修猷館高校、福岡大学法学部法律学科を卒業。1987年に福岡市役所入庁後、総務局法制課、人事委員会任用課、情報公開室係長、市長室経営補佐係長、議会事務局法制係長などを歴任し、2010年8月退職。在職中、主に法律関係の職務に従事するとともに、市長直属の特命業務や議員提案条例の支援を担当するなど、市長部局と議会事務局の双方の中枢業務を経験。
現在は、行政書士事務所を開業して市民の身近な問題の解決をサポートするとともに、地域主権の要となる地方議会の機能強化を目指し、議員提案条例アドバイザーとしても活動中。
<主な実績>
・日本初の協定方式による第3セクターの情報公開制度の条例化
・日本初のPFI事業(タラソ福岡)の破綻再生
・日本初の「移動権(交通権)」の理念に立脚した議員提案条例の制定支援
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