<縦割り組織の弊害回避>
議員提案条例の意義のふたつ目は、行政組織の縦割りの弊害を回避していることにあります。
生活交通条例の第1章では、いわゆる「公共交通空白地対策」について規定しています。この対策は、住宅都市局の交通計画課が担当しています。第2章第2節は、「移動制約者に関する施策等」について規定しています。これは福祉有償運送事業者への支援に関する規定ですが、保健福祉局の計画課が担当しています。
市長サイドの執行部が提案する条例の場合は、各担当局の所管事務にまたがった条例は制定されにくく、それぞれの局の所管事務に関する条例しか制定されないのが通例です。これに対して、議員提案による立法(条例)の場合、複数の担当局にまたがった事柄でも、一体的に施策を展開するために、統一的に規定することができます。ここに大きなメリットがあると考えています。
本当は、路線廃止などに関する公共交通空白地対策も、福祉有償運送も、同じ道路運送法のひとつの法体系に盛り込まれているのです。しかし、自治体の縦割り執行体制の下では、これらの分野を一体的に規定する条例が提案されにくいきらいがあるのです。
以上が、議員提案条例の意義について、メリットに関することでしたが、議員提案条例には困難な側面もあります。
<現行施策との整合性が課題>
それは、現行施策との整合性が課題であるということです。
議員提案条例の場合、施策の執行に関する情報は、市長サイドの執行部に集中していることから、現行施策との整合性を図ることが難しい側面があります。福岡市の場合、バス停・鉄道駅から1㎞以上離れた地域を「公共交通空白地」、500m~1km未満の地域については「公共交通不便地」として、その対策を行なってきました。しかしながら、バス停・鉄道駅からの距離だけでは救えない地域もあります。たとえば、高齢化が著しい丘陵地などです。そこで、そういった地域は、この条例において「公共交通不便地に準ずる地域」として位置づけています。
今回の生活交通条例の検討過程においては、「空白地や不便地などという地域区分は一切やめて、新しい考え方で実施する」という選択肢もありましたが、それには大きなハードルがあります。
それは、市長サイドの執行部から提案する条例の場合、現行施策を変えるのは執行部が自ら決断し、条例案を提案するので問題は生じませんが、議員立法(議員提案条例)の場合は、現行施策を抜本的に変えるためには、執行部と徹底的に議論して、執行部に方針変更を決断させることが必要となるということです。そして、それは非常に困難なことと言えます。そのようなことから、今後、議員提案条例を成立させていくためには、現行施策との整合性に粘り強い議論と工夫が必要となってくるのです。
<プロフィール>
寺島 浩幸 (てらしま ひろゆき)
福岡県立修猷館高校、福岡大学法学部法律学科を卒業。1987年に福岡市役所入庁後、総務局法制課、人事委員会任用課、情報公開室係長、市長室経営補佐係長、議会事務局法制係長などを歴任し、2010年8月退職。在職中、主に法律関係の職務に従事するとともに、市長直属の特命業務や議員提案条例の支援を担当するなど、市長部局と議会事務局の双方の中枢業務を経験。
現在は、行政書士事務所を開業して市民の身近な問題の解決をサポートするとともに、地域主権の要となる地方議会の機能強化を目指し、議員提案条例アドバイザーとしても活動中。
<主な実績>
・日本初の協定方式による第3セクターの情報公開制度の条例化
・日本初のPFI事業(タラソ福岡)の破綻再生
・日本初の「移動権(交通権)」の理念に立脚した議員提案条例の制定支援
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