昨年12月16日に閣議決定された2011年度税制改正大綱最大のポイントは、法人を減税する代わりに個人を増税すること。個人増税の約半分は、富裕層をターゲットにした相続税。「少数派ゆえに文句も出ないだろう」という読みだが、そこは常に増税を図る財務省の深謀遠慮。従来の富裕層には若干減税になるが、「富裕層」が大幅に広がる結果として増税になる仕組み。メディアでは相続税増税が既成事実化しているが、国会での議論はこれから。菅内閣のもとでは、幻に終わる可能性も...。
「カネは墓場に持って行けるわけではないのだから、生きているうちにいかに有効に使うかです。納得のいく使い方を国がするなら、取られても結構。今回の改正は私のような立場には減税になっているが、対象を拡げてトータルは増税。それが子ども手当から高校授業料無償化などメリハリのないバラマキ政策に補填されたら、新たに富裕層扱いされる側は納得いかないんじゃないですか」と言うのは、かつて父親が首都圏で多くの不動産を保有していたA氏。病床に伏すことが多くなった父親から長男として遺産相続しなければならないため、数年かけて弁護士、税理士と相談しながら、不動産の整理に当たってきた。その過程で、相続税の在り方に多々の疑問を感じている。
「1番ハラが立つのは、とにかく取れるところから取れという発想。近年跋扈しているカネの亡者たちが、金融テクニックを駆使して稼いだカネを海外に移して税を逃れる。それを追いかけるのは大変だろうけれど、国内に不動産所有する者からは確実に取れる。その安易な税務当局の姿勢が、気に要らない」(A氏)と言うのも、もっともだろう。
かつて「3代で消える」と言われたのが、東京の高級住宅地として知られる田園調布。相続税を払うために、土地家屋を切り売りせざる得なかったからだ。田園調布ならずとも、A氏の父親のように戦前戦後から安い賃料のまま土地を貸し、賃料収入より固定資産税が高いという地主も少なくない。相続人としてはそんな不動産をそのまま物納したいところだが、それは認められない。相続税を用意するために、賃借人との退去交渉を経て売却するなど、事前の手間ヒマは大変だ。結果、すぐ処分可能な不動産は自分が住んでいるところ。したがって、切り売りするか、出ていくしかない。
A氏のような相続する不動産の資産処分を手がけることの多い不動産業者は、「相続税は、被相続人が死亡してから10カ月以内に納めなければならない。あちこちに土地を持っていた人の相続人は大変。もう少し余裕を持たせられないのか。とくに、今回の改正案のように多額の相続税を払う人が増えるなら、納税期間の問題も含めてもっと議論すべきでしょう」と疑問を投げかける。
恩田 勝亘【おんだ・かつのぶ】
1943年生まれ。67年より女性誌や雑誌のライター。71年より『週刊現代』記者として長年スクープを連発。2007年からはフリーに転じ、政治・経済・社会問題とテーマは幅広い。チェルノブイリ原子力発電所現地特派員レポートなどで健筆を振るっている。著書に『東京電力・帝国の暗黒』(七つ森書館)、『原発に子孫の命は売れない―舛倉隆と棚塩原発反対同盟23年の闘い』(七つ森書館)、『仏教の格言』(KKベストセラーズ)、『日本に君臨するもの』(主婦の友社―共著)など。
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