アメリカ政府は2006年以降、3億4,300万ドルを投入し、イラクに対する2つの新たな農業支援策を開始した。1つは「アグリビジネス育成計画」、もう1つは「民間セクター育成並びに雇用増進計画」である。いずれもUSAIDが始めたものだが、実際に日々の業務を推進するのはアメリカのルイス・バーガー・グループ。同社は世界最大規模を誇るインフラ整備や開発を専門とするコンサル会社である。
これら2つのプログラムを通じて、イラクにおける新たな食糧産業に対する投資を加速させようと考えているようだ。しかも注目すべき動きは、こうした農業や職業訓練の計画がすべて軍事作戦のなかに組み込まれていることである。アメリカ政府はイラク復興支援の名目で2億5,000万ドルの予算を計上し、580を超える農業関連プロジェクトを展開している。問題はこれらのプロジェクトの97%以上が現地の米軍司令本部によって決済が行なわれていること。表向きは農業支援を通じての復興事業とされているが、実際に資金の流れやプロジェクトの進行状況を確認する立場にあるのは米軍なのである。
オバマ大統領は選挙中の公約として、「大統領就任以降、16か月以内に米軍をイラクから撤退させる」と述べていた。しかし、国防総省では米軍の任務を農業支援にすり替えることで、この公約を骨抜きにする工作を実行しているのである。すでに国防総省では、2011年以降もイラクには7万人を超える米兵を駐留させる新たな計画を作成している。注目すべきは、これらの米軍は農業関連計画に従事することになっていること。非軍事的な目的を遂行するとのカモフラージュによって米軍の長期的な駐留を可能にしようというわけだ。オバマ大統領もそうした米軍の農業支援計画への関与を大枠で認めている。
これこそ米軍の新たな海外戦略のソフトパワー化と言えよう。アメリカ政府は外交官やUSAIDの援助専門家を海外に多数派遣しているが、そうした人員にかかる費用より30倍以上もの資金を軍事目的に費やしている。しかも巧妙なカモフラージュにより、国防総省自体がアメリカの海外援助の20%以上をコントロールするまでになった。要はアメリカの軍事戦略に食糧農業政策が完全に飲み込まれているわけである。そのなかでとくに重要な役割を担っているのがアメリカの遺伝子組換え(GM)種子というわけだ。
こうしたアメリカの食糧軍事一体化戦略が広がれば、世界の穀物市場はアメリカの思うように牛耳られることになりかねない。なぜなら、こうしたアメリカ製GM種子はイラク、アフガニスタンに留まらず世界中に売り込まれており、日本もその例外ではないからだ。
冒頭に紹介したUG99についても、かつて米軍が生物化学兵器として実験を行なっていたとの情報もあり、自作自演との見方も出ている。アグリビジネスや投機筋の動きも連動しているようだ。ネパールやバングラデッシュでの導入が始まった新品種の小麦も実は、アメリカのUSAIDが普及の後押しを進めているもの。金融危機の損失を取り戻そうとするかのように、アメリカのスマートパワー集団が種子を大儲けのタネにすべく本格的に動き出したといえよう。
その影響は日本にも静かな津波として押し寄せようとしている。震災復興支援とTPPを絡めようとするアメリカの強かな食糧戦略の真意を見極め、日本の国益を守る覚悟をもって貿易交渉に臨むことが必要だ。
≪ (9) |
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。
*記事へのご意見はこちら