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天国と地獄の狭間~新興デベロッパーの倒産から再出発までの600日の記録 (151)
経済小説
2011年5月19日 07:00

 釈放後の今村大将は、自宅の庭に3畳の謹慎小屋を建て部下将兵に対する贖(しょく)罪の気持ちをこめてそこにこもり続けた。この間、部下の将兵が頼ってくれば、就職や入国の世話をした。なかには、今村大将の部下ではないのに頼ってくる者もおり、周囲は今村大将に「大将、だいぶだまされていますよ」と忠言したが、本人は「私は多くの将兵を戦場で死に追い込んだ身だから、それくらいしてやらねば」といって意に介する風もなかったとのことだ。

 これだけの人物が、他の大東亜戦の将軍たちと比較してもあまり知られていないのはなぜだろうか?それは、今村大将の存在感が他の将星と比較し、極めて地味だからではないかと思う。
 今村大将は、石原莞爾中将のような組織を破壊しても目的を達成しようとするような暴れん坊ではなく、あくまでも軍人は上官の命令に従うことを信条とする組織人であった。先見性あふれる戦略指導の結果、硫黄島の栗林中将や沖縄の牛島中将のように歴史に残る激戦に臨むことがなかった。蘭印攻略作戦ですら、センスのいい宣撫工作で原住民を味方につけたことで戦わずして勝った戦であったため、山下大将のように猛将といわれることもなかった。牟田口中将のインパール作戦のような無謀な作戦を指揮したこともない。軍事官僚としての能力は東條大将と互角であったろうが、あくまでもその時々の職務と上官に忠実でありセクトに加わらなかったためか、中央の枢要なポストにはほとんどついていない。

何冊かの回顧録を残している... この今村大将という人は、自己顕示欲の強いタイプの人ではなかったが、印税を部下将兵の世話に使うために何冊かの回顧録を残している。それは飾らない文体で、子供時代から青年将校時代、日中戦争での師団長としての激戦、蘭印攻略作戦と大東亜共栄圏の理想を目指したインドネシア軍政、ラバウルでの自活作戦、戦後の贖(しょく)罪の日々......と、淡々とその経験を記している。しかしそのエピソードの一つひとつに今村大将らしい責任感や誠実性があふれている。

 私は何千もの命のやり取りをする戦場の司令官などではなく、ちっぽけな企業の経営陣の一員であるに過ぎなかったが、辛いときは今村大将の回顧録を読み、自身のモチベーションを高めた。今村大将の回顧録は、他に比類のない心の栄養として作用した。私にとってこれらの回顧録は、組織のなかにあって人の上に立つ立場の端くれとして、必要不可欠なテキストになっている。

〔登場者名はすべて仮称〕

(つづく)

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