今回の「311・原発震災」と政府と東電の無策により起きた「放射能公害」。この未曽有の事態を目の当たりにして、筆者の脳裏に浮かんだのは「これは終戦後約70年を経て再び日本国を襲ったアノミー状態に他ならない」というものである。今回はこのアノミーという現象について述べていきたい。このアノミーを理解することが現在のマスメディア、インターネットで繰り広げられている「いったいどのくらいの放射線までは危険ではないのか」という問題を巡る、日本国内の右往左往の状態について分析することが可能である。
「アノミー」というのはフランスの社会学者のエミール・デュルケムが提唱した考え方である。英語・フランス語ではanomieと書く。「norm(規範)がない状態」という意味である。要するに何を信じていいのかわからない状態に一国民が置かれているということである。アノミーという概念はデュルケム以後も様々な社会学者によって発展させられていった。このアノミーという言葉を一般向けに解説したのは、昨年秋に惜しくも逝去した社会学者の小室直樹博士である。
小室博士は渡部恒三・民主党最高顧問と幼少の同級生であり、渡部が政治家を志したのとは異なり、アメリカの奨学金であるフルブライト奨学生となりアメリカで本格的な社会学を学んだ。この小室博士が、『危機の構造』(中公文庫)という本の中で、アノミー状態とはどういうものなのかについて、終戦直後の日本を例にとって説明している。『危機の構造』から小室博士の文章を引用しよう。
このように小室博士は社会規範の崩壊がアノミーという現象であり、そのなかでも心理的パニックが社会全体に波及する状態が「急性アノミー」なのであると解説しているわけだ。そして、小室博士は戦後の日本はこの「急性アノミー」に陥ったという。終戦直後、何があったか。それは言うまでもなく、「國體(国体)」が崩壊寸前まで行ったのである。非常に大雑把に言えば、明治維新を経て、日本は大日本帝国憲法という一種の「王権神授説」に基づく国家体制=國體を作っていたのである。昭和天皇を現人神として崇め奉るという形で国民の行動原理(エートス)が形成されたわけだ。
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<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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