私の印象では金融危機をひとつの境に、創始者らの高齢化もあいまって、ビルダーバーグは急速に影響力を失っている感じである。類似組織のトライラテラル・コミッションも資金難で苦しんでいるという話だから、あながち違和感はない。それよりもビルダーバーグにとって深刻な課題は、冷戦期から21世紀初頭まで有力だった、アングロ・アメリカン型の自由主義モデルがそれに変わる選択肢が現れていないまま、欧州や米国の金融債務危機の流れのなかでメルトダウンを開始しているということだ。アメリカの進める中東民主化にしろ、現在の中東の支配体制を転覆しても、それに変わる体制が欧米にとって都合が良いという保障はない。中国やロシアのような国家資本主義(ステイト・キャピタリズム)が台頭することで、欧米はBRICSのような新興国をコントロールできなくなっているのだ。
新興国の意見を取り入れるためか、ビルダーバーグでは今年3人の中国人を招待した。一人は傅莹(Fu Ying)という女性で、内モンゴル自治区出身。英国大使などを歴任し現在は外交部副部長(外務次官)、次に黄益平(Huang Yiping)(北京大学中国経済研究センター、経済学教授)、最後に米ブルッキングス研究所の李成(Li Cheung)研究員である。このうち、傅莹女史は英ガーディアン紙のカメラマンに撮影されている。
また、ロシアからも一人、アメリカに進出する製鋼会社セヴァスタルのトップ、アレクセイ・モルダショフを呼んでいる。ただし、インドやブラジルの参加者はいない。例年参加していた南米に強いスペインのサンタンデール銀行の副会長も今年は参加していない。やはり欧州金融危機の影響が露骨に参加者のリストから伺える。
ただ、アメリカの大統領の人選に影響力を行使できにくくなった近年のビルダーバーグはロックフェラーとベアトリクスとダヴィニオンを囲む「個人的な集まり」という制約を抱えている。新しく加わったメンバーがどの程度のものかも未知数だ。
また、戦後世界秩序の中核をなしていた米欧同盟(大西洋同盟)を象徴するNATOの将来性をめぐっても暗雲が立ち込めている。ビルダーバーグの最中にベルギー・ブリュッセルで開催された会合で、引退するアメリカのロバート・ゲイツ国防長官が、アフガニスタンへの派兵協力を行なわず、「安保タダ乗り」を続ける同盟のカウンターパートである欧州側に露骨に怒りをあらわにしたことがこれをよく象徴する。
<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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