主権国家だけが国際政治のアクターだった時代は終わり、世界は「新しい中世」の時代を迎えると予測するのは新アメリカ財団のパラグ・カンナ研究員だ。彼は、新著『ネクスト・ルネサンス』(原題は、世界の動かし方"How to Run the World")のなかで、この時代を「混沌した経済状態」「社会不安」「衰退した道徳観」「放漫財政」「過激な方向に向かう宗教」といった特徴で説明している。それは、かつての中世のように、「帝国、都市、企業、教会、遊牧民、傭兵といった多様なアクターたちが領土や資源をめぐって争い、通商や投資を通じて関係を深め、信仰心の獲得競争をする」時代である。そこにはアメリカ帝国のような単独の世界覇権国は存在しない。多極化・無極化といえる世界があるだけだという。
カンナはそのような時代には、「メガ・ディプロマシー」という新しいタイプの"外交"を行なう外交官が必要だとし、その人物は「CEO兼政治家」という。要するに外交は古臭い外交官の仕事ではなく、NGO(非政府組織)や多国籍企業のトップまで外交の担い手になるということだが、このモデルはビルダーバーグやダヴォス会議の参加者たちが無意識的に行なっている行動でもある。
カンナは、新しい中世と古い中世の比較をしばしば『ネクスト・ルネサンス』で試みているが、中世時代に病人への施しを行ったのは国王(ソヴリン)ではなく教会であり、大学や通商ギルドが慈善事業のための資金集めをしていたとし、現代ではその役目にあるのがビル・ゲイツの率いるビル&メリンダ・ゲイツ財団やビル・クリントンの率いるクリントン・グローバル・イニシアチブ(CGI)のような団体である、とする。偶然にもゲイツとクリントンはともにビルダーバーグの参加者である。だから、やはり私の目にはカンナの提言する新世界秩序は、従来のビルダーバーグの行なってきたやり方の焼き直しにしか映らない。
たしかに、様々なネットワーク組織を通じて交流し、少しずつ手探りで新しい世界秩序は創りだしていかねばならず、この場合も、従来のような欧米の価値観の押し付けというわけにはいかない。欧米主導のビルダーバーグ会議はともかく、カンナが評価するダヴォス会議は創始者がスイス人ということもあり、かなり欧米主導のイメージはあるが、現在は各地で地域部会を開いたり、中国主導のボアオ国際フォーラムとの連携も模索したりしており、メガ・ディプロマシーの担い手になる可能性はあると思われる。ただ、それは一方では新しく再編されるグローバル規模の世界のエリート支配となる危険性があり、その点については米カーネギー国際平和財団のデイヴィッド・ロスコフ研究員が『スーパークラス』という本にまとめている。
欧米主要国の債務危機と、新興国発のインフレという形で世界秩序はそれぞれのアクターが生き残り(サバイバル)をかけている状況である。
わが日本はいまだにアメリカの属国の地位に甘んじているから、新しい世界秩序の構想に参加させてもらえないし、残念ながら危機対応もできず政局闘争に明け暮れる日本のエリートにその能力はない。そもそも欧米にもかつてのキッシンジャーのような超大物が居なくなっているのも事実である。いずれにせよ、21世紀を動かすのは欧米主導の価値観と新興国のもつ価値観の橋渡しができるバランスの取れた「ハイブリッド」な人材だろう。
余談であるが、近年はビルダーバーグ会議の会場には世界中から反ビルダーバーグ活動家たちが集結し、大々的な反対運動を展開し、今年はAP通信なども取材を行なうなど、会場周辺はさながら「お祭り騒ぎ」の様相を呈している。今年は12日に96歳の誕生日を迎えるロックフェラーにバースデー・ケーキが活動家たちによって差し入れられるという「珍事件」もあった。これではもうお世辞でも「秘密会議」とは言えまい。
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<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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