今や毎日のニュースで全国に顔なじみとなった岸本英雄玄海町長。国のちぐはぐな対応や九電の「やらせメール」への怒りを全国に向けてぶちまける様は、義憤に燃えるリーダー像として、爽快にすら映る。しかし、筆者が住む唐津市の住民は、そんな岸本町長の言動を、複雑な心境で見守っているはずだ。

　一連の国や九電の失態で怒り心頭に発した岸本町長が、再稼働容認を撤回したことで一旦の有余はできたが、遅かれ早かれ岸本町長は玄海原発２・３号機を再稼働させる構えだ。一方の唐津市民の多くは、２・３号機再稼働については「ＮＯ」だ。福島原発が完全に終息していない現在において、なぜ玄海原発の再稼働をそんなに急ぐのか？　唐津市民の多くは、国の説明はまったく不十分で納得できないと感じている。

　岸本町長が再稼働を急ぐのは、ある意味理解できる。玄海町を治める長としては、当然ながら町の利益を第一優先に考える。玄海町は原発によって町の過疎化を食い止め、雇用を確保し、インフラなどへの恩恵も享受してきた。今年度の玄海町の財政を見ても、当初予算57億円のうち原発の固定資産税が約20億、給付金が約15億。歳入の実に６割超がいわゆる原発マネーで賄われている。これが再稼働をしないと２年後には給付金が激減するという。
また、雇用や、旅館など原発にあやかっていた商売も衰退する。町にとっての一大事だ。台風が来たら、まずは自分の家を心配する一家の主と同じく、岸本町長が町を支えるべく奮闘するのは自然な行為だ（岸本町長のファミリー企業「岸本組」と九電との癒着が騒がれているが―。関連リンク参照）。

　では、一方の唐津市はどうか。唐津市のなかでも、玄海町に隣接する地域では、玄海町内よりも原発に近い場所がある。原発に対するリスクは、両自治体で何ら変わりはない。しかし、そんな唐津市には、玄海町ほどの恩恵もなければ、再稼働への判断に関与する余地もまったく与えられていない。
　福島原発でわかったとおり、万一事故が起こった場合の被害の影響は、20㎞圏内でも甚大だ。その20㎞内に唐津市の半分以上が収まってしまう。「事故があったら、いったいどこへ逃げればいいんだ？」「この美しい郷土を捨てて、よその土地に行くなんて考えられない」。そんな声が最近、隣人からも聞かれるようになった。

　そして、事故の影響は、さらに広域へと及ぶ。当然、福岡にも放射性物質が降り注ぐ。それどころか、ある学者に言わせれば、玄海原発ほど危ない原発はないということになる。偏西風に乗って、放射性物質が日本列島をなめるように飛んでいくというのだ。また、日本海は閉ざされた海であり、汚染は長期にわたって続く。玄海町、唐津市どころか、日本全土が住めない土地になってしまうかもしれないと、その学者は危惧する。そんな国を滅ぼすほどのリスクを背負っているかもしれない玄海原発について、それを稼働するかしないかの判断が、わずか人口6,440人の町の都合で判断されようとしている。
　要は、最終決済を地元自治体に任せるという枠組自体を、早急に是正する必要があるということだ。万が一の場合の影響範囲を考えれば、当然であろう。死に体の菅政権だが、名誉挽回で何とか措置を下してくれないものか。

　自民党政権時代より、原子力政策においては与しやすい地域であった玄海町、そして佐賀県。そんな事情につけこんでか、プルサーマルも全国で一番乗りし、さらに今回、再稼働でも一番乗りを果たそうとしている。
　岸本町長が再稼働を白紙撤回したのは、皮肉な意味で"国と九電の功績"だ。少しの有余ができた今の間に、隣接する唐津市に、そして広域圏に、再稼働の判断に与できる枠組みを構築してほしい。

【唐津市民】

▼関連リンク
・（株）岸本組　玄海原発に依存した企業の実態

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