アパマンに買収された小倉興産(株)は分割され、不動産部門はアパマン本体へ。石油事業は伊藤忠エネクスへ譲渡され、再上場への道は閉ざされた。今も小倉興産の名前は残ってはいるが、実態は小倉駅北口に展開した事業用不動産のリースや管理をする会社となった。
かつて小倉駅北口を中心に不動産開発を積極的に進めた小倉興産の面影はない。一例をあげるとJR小倉駅前にある小倉興産6号館(KMMビル)は、アパマンから原弘産(下関市)を経て、玄海キャピタルマネージメント(福岡市)へ売却されている。
北九州市においては、官主導による"ハコ物"が作られてきた。小倉そごうはJR九州小倉駅前の京町三丁目再開発(小倉駅前東地区第一種市街地再開発事業)の中核テナントとして入居。またリバーウォークも、北九州市ルネッサンス構想の事業のひとつ、紫川マイタウンマイリバー整備事業と連動して行なわれた室町一丁目地区第一種市街地再開発事業による複合施設である。
民間では丸源が小倉の繁華街を中心にソシアルビル(今は老朽化しているが)を数多く建設。小倉駅北口は小倉興産が賃貸ビルを数多く建設してきた。小倉興産のような民間のデベロッパーは北九州市に今は存在しない。
【北山 譲】
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