<ソフト重視の街づくり>
魚町復興への思いを強くした梯社長は、商店街の振興組合など半ば公的な活動に徐々に身を投じていく。商店街の事務局・IT担当の総務委員として、最初に取り組んだのが地域電子マネー「UOCA」(ウオカ)の導入であった。これは買い物金額に応じてポイントが貯まる電子マネーシステムなのだが、特徴的なのは大手スーパー・イオンが行なっている「WAON」(ワオン)と提携したこと。商店街にとって最大の商売敵と提携するという全国でも珍しい試みであったが、利便性で顧客の心を掴み、導入店も地元商店を中心に年内80店舗まで増える見込みとなっている。ちなみに、「UOCA」の導入に際して要した多額のシステム費用は、国の「ユビキタスモール事業」の補助金が活用されている。
商店街の活性化といえば、これまでは核テナントの誘致や施設の建設などハード面ばかりが重視されていた感があるが、同氏の視点はソフト面に重点が置かれているように見受けられる。併せて商店街のIT化なども積極的に推し進め、現在では魚町商店街の振興に関わる3つの団体の理事長・副理事長職を兼任し、「魚町の坂本竜馬」と評されるほどである。
ソフト重視の姿勢は、貸しビル事業での活動にも共通する。先代が他界し、現代表が本格的に不動産事業に乗り出したのは昨年のこと。早速、その年の暮れからビルをリノベーションし、インキュベート施設の準備を開始した。とはいっても大幅な改装ではなく、「あくまで古いビルを古いものとして使ってもらう」という逆転の発想がコンセプトに据えられた。「若い起業家には、現代美術のようなクール・ポップ・アヴァンギャルドな感覚があり、古いものに価値を見出している点に驚きました」と語る同氏は、司法書士として起業家との接点も多い。古ビル活用のヒントをここから得た様子がうかがえる。
「メルカート3番街」の上階に設けられた、貸しオフィス「フォルム3番街」の取り組みも面白い。今や無線LANを通じ、あらゆる場所でインターネットに接続可能な環境を構築できる時代である。オフィスは快適で最新の設備が整った「箱」である必要はなく、求められるのはクリエイティブな仕事を後押ししてくれる環境が在るか否かに移ってきている。「メルカート3番街」との連携や地元大学生への貸会議室の開放、司法書士でもある梯代表のアドバイスなどが相まって、「フォルム3番街」にはウェブデザイナーやスマートフォンのアプリ開発者から問い合わせが殺到。早々に募集を締め切る盛況ぶりとなった。
<小倉魚町への恩返し>
このように、梯代表の街づくりへの取り組みは、商店街の振興活動、貸しビル業、司法書士業務の3方向から進められている。とりわけ、今ある資源を最大限に活用するために従来の既成概念を取り払い、古い街並みをそのままに、そこに新たな価値を付加しようとするソフト重視の姿勢には、不動産業者らしからぬ印象を抱かせる。先のインキュベート施設の運営にしても同様で、そこには補助金の類は一切導入されていない。1m2当たり2,000円という単価は、ほぼボランティア価格とであり、そうであれば採算制への疑問もわいてくる。この点について梯代表は以下のように語っている。
「価格については、中屋興産と私を育ててくれた魚町への恩返しだと思っています。『メルカート3番街』を始めるにあたっては、先代の頃から入って下さっていたテナントさんとの間で意見の相違もありました。ですが、これまでと同じでは、魚町はもっと廃れてしまいます。弊社自身が魚町の情報発信基地となり、若い起業家を育て続けていくことで魚町が活気を取り戻してくれれば、我々にも代えがたい恩恵がもたらされるとの想いで取り組んでいます」。
初代が徳島から北九州に移り住んで約100年。街づくりにかけた先代の想いは、現代表にも受け継がれている。
【新田 祐介】
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COMPANY INFORMATION
中屋興産(株)
代表者:梯 輝元
所在地:北九州市小倉北区魚町3-3-20
資本金:3,200万円
URL:http://www.nakayakousan.co.jp/
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