彼らは、海江田経産相と菅首相の不仲を巧みに利用した節がある。原発事故の収束や脱原発などのエネルギー政策の変更にあたって、蚊帳の外に置かれてきた海江田氏は、菅首相に不満を募らせてきた。そもそも、自分と同じ選挙区で激しい選挙戦を演じてきたライバルの与謝野馨氏を経済財政担当相として入閣させたこと自体、腹に据えかねる出来事だった。そのうえ、無視、軽視され続けたのだから、海江田氏の怒りはわからなくもない。こうした菅、海江田両氏の不一致にうまく付け入ったのが、松永氏ら経産省の主流派官僚なのである。
「菅降ろし」の材料に使われた、総理の福島第一原発1号機への海水注水停止命令も、当時官邸に詰めていた経産省の中堅官僚が自民党に告げ口し、菅首相の早期退陣を誘導しようとしたと言われている。結局はそうした事実はなく、海水注水も現場の吉田昌郎所長の独断で中断なく続けられていたことが、後に明らかになっている。
菅官邸は、原発推進の経産省の傘下に原発の安全規制を受け持つ保安院があることはおかしいと考え、細野豪志原発担当相のもとで保安院を分離し環境省の傘下に原子力庁としてぶら下げる構想を温めてきた。もちろん経産省主流派にとって、霞が関のマイナー省庁である環境省に縄張りを侵されることが嬉しいはずはない。分離は避けられないにしても、自分たちが影響力を行使できそうな内閣府に移管するという防衛線を敷いて、組織防衛に走っているのが真相だ。
首脳人事といい、保安院分離といい、最終的な着地点をめぐって官邸と経産省主流派官僚との間のバトルは、水面下でしばらく続きそうである。
もっとも菅首相自身も、霞が関の最大のシンクタンクと言われる経産省を大いに頼りにしてきた側面は見逃せない。子ども手当や農家の個別所得保障政策など民主党がマニフェストに掲げてきた主要政策は、趣味の悪いバラマキ政策ばかりだった。経済界から成長戦略がないと冷笑されるのも当然の政策メニューで、そうであるがゆえ、政権交代後あわてて成長策をひねり出さなければならなくなった。それが首相就任後まもなく閣議決定した「新成長戦略」であり、このときに大いに頼りにしたのが経産省だった。
こうしたことから、松永氏の前任である事務次官の望月晴文氏は内閣官房参与として政権の成長戦略実現のアドバイザーに就き、やはり経産省出身の日下部聡氏は国家戦略室審議官という枢要ポストに起用されている。官邸、内閣官房には経産省出身の事務方は少なくなく、彼らの力を借りないと産業政策の展開はできないのだ。「総理、本当に私たちを外していいのですか?政権運営が持ちませんよ」―。経産省主流派官僚はそううそぶいているに違いない。
菅首相がこうした現状を打開するには、海江田大臣の更迭を含めた総とっかえをするよりほかはなかった。しかし、求心力の乏しい首相はそうすることができない。菅首相は完全に足元を見透かされたのだ。
【尾山 大将】
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