実際に何人が民主党代表選に出馬するかはわからない。出馬には20人の国会議員の推薦人が必要であるからだ。官僚の支持を集めている野田財務大臣が順当に行けば勝つところだが、民主党内には小沢・鳩山グループのように「脱官僚依存・政治家主導」を今もスローガンに掲げているグループもあるので野田も楽観はできない。
ただ、小沢一郎は自らが10月上旬の政治資金規正法違反に関する裁判を待つ身である。小沢の秘書の同法違反容疑での判決が9月26日に出る。検察側の調書が裁判官によって大量に不採用になっており検察側の立証は崩れつつあるが、小沢本人は民主党員資格停止の処分を岡田克也幹事長の率いる執行部から食らっており今回の代表選には出馬できないし、投票権もない。
それでも小沢グループは130人、鳩山グループは40人で合計170人。旧民社党系が40人、前原グループが80人、野田グループが25人、菅グループが40人と言われている(複数のグループへの重複参加あり)。今回の代表選は国会議員だけの投票なので、合計407人の議員を候補者は奪い合う構図になる。
メディアは早くも野田の「大連立への参加」を大きく書き立てている。大連立はすでにドイツで2005年に起きている。この時も与党だったシュレーダー政権(社会民主党)が選挙で第一党を取れず、第一党となったキリスト教民主社会同盟(CDU)も他の野党との連立が出来なかったために、結局、CDUとSPDの「二大政党」の大連立(グランド・コアリッション)となったのである。民主主義的な議会制度では多数を与党が取らなければ、野党の政策協議か連立を組むことでしか法案は通せない。
日本においても民主党は衆議院では過半数を超える議席を持っているが、参議院では過半数に達していない。この「ねじれ国会」の状況にある。
アメリカもそうだ。10年の中間選挙でオバマ大統領の民主党は共和党に下院で大きく議席差を付けられてしまった。8月2日の債務上限到達のタイムリミット直前に一応妥結した両党の「財政再建合意」でも民主党が掲げる富裕層向けの増税は実現できず、財政削減を求めた共和党の要求が一方的に通ってしまう結果となり、オバマの指導力が厳しく問われる結果となった。
加えて、日本においては、政治家よりも霞が関の高級官僚が影響力を持っているという「官僚主導国家」である点に注意をしなければならない。大連立を推し進めることで最終的に得をする(=利益を得る)のは実は、官僚である。なぜならば今言われている大連立は結局、官僚が提出する法案をスムーズに通すためだけのものであるからだ。官僚は、この大連立を機に原発再稼働、原発輸出、所得税・法人税・消費税の増税路線、日米同盟の強化に加えてTPP(環太平洋戦略経済連携協定)の推進などこれを気に一気にやってしまおうと目論んでいる。
政権交代のあとに民主党政権が掲げた、官僚主導から政治家主導への国家の枠組みづくりは、鳩山政権の無残な崩壊、その後の菅政権によって完全に頓挫してしまった。民主党だけではなく、今の自民党も相当弱体化しており、単独で政権を担える形にはなっていない。そんな時に小手先の大連立を行なったところで、結局は官僚の敷いたレールに乗るだけの政権運営になる。「救国政権」というには程遠い結果になるだろう。
菅直人首相が、脱原発政策に没頭していたために、消費税増税、TPPの実施のようなアメリカが強く求める政策は幸か不幸か足踏みをしている。これをアメリカとしてはアメリカの意向を重視してきた前原誠司前外相の息のかかった野田政権を実現することで早く達成したいだろう。官僚機構はアメリカの意向を無視できない。
文藝春秋への寄稿のなかで、馬淵は対米関係については述べていないが、野田は「日本の安全保障と外交にとって最大の資産であり基盤をなすのは日米同盟」と明瞭にと述べている。また、野田は日米同盟を「国際公共財」と述べているが、この表現は外務省や防衛省の官僚たちがよく好んで使う。野田は財務省だけではなく外務省、防衛省からも"期待"されている首相候補のようだ。
原発事故の対応の不味さを見透かされて日本は今、事実上の米国による「再占領」下にある。米国と日本の官僚機構は二人三脚で冷戦後の日本の安保政策を決めてきた。そういう経緯もあるので、なかなか官僚の敷いたレールから脱却するのは難しい。しかし、政治家が自らのアイデアで官僚やアメリカを説得し、納得させることができないままでは、日本の未来は真っ暗である。
その意味で、経済政策で既存の財務省路線に異議を唱えた、馬淵澄夫に私は少しだけ期待している。いずれにしても殻を打ち破る指導者の登場を私は強く期待している。
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<参考資料>
「わが政権構想」 野田佳彦、「代表選 一匹狼の挑戦状」 馬淵澄夫、「覚悟の手記 大臣辞任を決意させた菅総理の電話」 海江田万里 以上、「文藝春秋」(2011年9月号)
<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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