結局、委員長のイスが空いたまま(前回参照)で始まった8月23日の佐賀県議会 原子力安全対策等特別委員会。九州電力側の段上守前副社長に続いて、問題のメモを作成した大坪潔晴 佐賀支社長が説明に立った。「やらせ」を指示したことなど、古川康佐賀県知事が真っ向から「主旨が違う」と否定したメモがどのようにして作られたのか。大坪氏の発言に注目が集まった。説明に立った大坪氏は、前もって用意していた原稿を読み上げ始めた。
<大坪潔晴氏の説明>
大坪潔晴参考人「佐賀支社長の大坪でございます。知事との面談に関する事実関係などにつきまして、私のほうからご説明させていただきます。
最初に、知事との面談当日に至る時系列の説明でございます。さる5月18日の当社決算取締役会におきまして、段上、諸岡、両名の退任が内定いたしました。6月に入りまして、両名はお世話になった皆さま方への退任あいさつを開始いたしております。そのなかで、佐賀県知事ほか県執行部の皆さん方や県議会の皆さん方へのあいさつをぜひしたいということで希望をいたしまして、両名の要請を受けた佐賀支店の原子力担当課長が県庁秘書課のほうに相談いたしまして調整をさせていただきました。
その結果、6月21日、9時からあいさつを受けていただくということになりました。アポイントでは、議会中であり確約はできないけれども、都合が合えば、知事、副知事同席、もしくは個別にお会いできるということでございました。
6月21日当日、交通渋滞などによる遅刻などがないようにと考えた両名は、福岡を早めに出発いたしまして、結果的に佐賀市内に8時20分頃には到着いたしておりました。議会中の知事に対しまして、アポイントの時間切り上げを急にお願いするのも失礼かと考えましたけれども、一応早く着いたということを含めまして原子力担当課長から県庁の秘書課のほうに連絡をいたしまして、あいさつ時間の繰り上げを相談させていただきました。知事と調整をしていただいた県庁秘書課のほうから、原子力担当課長に「これから知事公舎に来ていただいたら知事にお会いできる」旨を連絡いただきました。原子力担当課長は、その旨を段上、諸岡、両名に伝えるとともに、私とともに両名との合流場所に赴いたというわけでございます。
段上、諸岡、大坪の3名は、知事公舎近くで合流をいたしまして、8時40分から45分にかけまして知事公舎に到着。その後、公舎内の応接室に入らせていただきました。入出後、約20分間程度、退任のあいさつおよび懇談をさせていただいております。公舎応接室には九電側3名と知事、そして、数分遅れて県庁秘書課の職員の方1名が来られました。9時10分頃、公舎を出まして、県庁に向かい副知事ほかに退任のあいさつをさせていただいております。
その後、市内数カ所で退任のあいさつ回りをいたしまして、12時頃から12時50分頃まで、そば屋での昼食ということでございます。昼食時の話のなかで、説明会の周知が必要という認識を共有しまして、それぞれが周知に向けて取り組むことといたしました。
昼食後、段上、諸岡の両名は・・・」
委員「聞こえんよ、もう少し大きな声でいわんと。もう1回言い直してください」
大坪参考人「はい、どこから言い直せばよろしゅうございますか」
委員「昼食後」
大坪参考人「昼食後、はい。昼食後の話のなかで...あ、昼食後...えー...『昼食時の話のなかで』はよろしゅうございますか。
昼食時の話のなかでは、説明会の周知が必要との認識を共有。それぞれが周知に向けて取り組むことといたしました。昼食後、段上、諸岡の両名は、唐津、玄海町方面のあいさつ回りに赴き、大坪、私は支店に帰社いたしました。別れ際に、段上から私に対し、知事との面談メモを作成するようにという指示をいたしております。以上が、6月21日の知事面談にかかる時系列の経過であります。
次に、面談メモの作成意図でございます。
段上副社長から面談メモ作成の指示があった際、その目的については具体的な話は、特段されませんでした。大坪個人としては、副社長業務の手控え、"備忘録"的なものと理解しておりました。段上本人も、そのような認識で言ったというところでございます。したがいまして、このメモをもって何かの指示書としたり、多数の社員によって共有化するといったようなことは、まったく想定をいたしておりませんでした。以上が、作成意図でございます。
次に面談メモの作成状況でございます。
大坪が支店に帰ってから、このメモはパソコンのワードで作成をいたしました。退任あいさつという異例的な訪問でございましたので、懇談内容はほとんど書きとめもしておりませんでした。したがって、この面談メモのほとんどは大坪の記憶に基づいて作成したものでございます。一部、IAEAなどの(部分)は新聞などを参照して書いたという部分もございます。したがって、記載した各項目について、知事からのご発言はございましたけれども、発言された言い回しや単語などを正確にそのまま記載したものとはなっておりません。そういう前提のメモであったということでございます。
また、この時期、社外への理解活動が重なっておりまして、私自身も忙しかったということがございました。それで、メモを短時間にまとめたいという気持ちもあって、簡潔な表現で書いてしまったということがございます。また、3人で、段上、諸岡、私、3人で一緒に知事の話を聞いておりましたので、すべてを書かなくても3人の間では理解できるという前提であったこともあります。加えて3人で昼食時に説明番組のことなどを話しておりましたので、自分としての1日も早く玄海の運転再開にたどり着きたいと、そのためにプラスになることはやっていきたいと、そういう思いをこめて、少々自分の思いということで、強い表現のメモになったというところもございます。このようなことから、知事発言の趣旨、ニュアンスをのちほどご説明を聞いた後で、知事の意図とは相当程度異なったメモになってしまったというふうに、その理由を今考えておるところでございます。
そもそも、このメモは先ほど、作成の意図のところで申し上げましたように、段上の手控え的なものであり、これを使って何かをするということは考えておりませんでしたので、段上にメモ、記載内容の確認は翌日にでもしてもらいたいというふうには思っておったのですが、段上も忙しくしておりましたので、修正することもなかったということでございます。さらに、知事から特段のご指示やご要請をいただいたという認識もございませんでしたので、当然のことながら、同席された秘書の方にもメモ内容の確認というものをお願いすることもいたしませんでした。以上がメモの作成状況というところでございます」
【吉澤 英朗、山下 康太】
※括弧内はNET-IB編集部の補足です。
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