官僚集団はアメリカの官僚や財界の利害を踏まえて国家政策を立案する。そうなると国民やサラリーマン層の生活よりも、官僚の権限の拡大(天下り先の確保)やら日米多国籍資本のような経団連企業の利益や多国籍化する株主の利益を踏まえたものになってしまう。大多数の国民は選挙の時以外は黙っている。時々マスコミの世論調査に答えて、政治とカネの問題で政治家の批判をして、「主権を行使したのだ」くらいにマスコミ(記者クラブ)と結託する官僚機構によって思い込まされている。
そこで重要になってくるのは、「国民の生活が第一」派の政治家がまずは、「国民の生活」という国益をしっかりと定義し、官僚に対して具体的に指示できるくらいに大きな絵を描ける「官僚と議論する力」を身につけることである。官僚の仕事は政治家が書いた「一筆書き」を楷書体に書きなおすことである。官僚が政治をやるのは絶対にいけない。政治をやりたい官僚は選挙で当選して「政治家」になればいいのである。
だが、ここにも「落とし穴」があって、「官僚と議論できる」というのは、「エリート官僚よりも知識を詰め込んでいる」ということと同じではない、ということだ。今、私は「国益」といったが、それはなにも外交安全保障における「ナショナル・インタレスト」(国家の存亡に関わる重大な利益)のことだけを言うのではない。一人ひとりの日本国民がどのようにして生活するお金を稼ぐのか、そのための環境を整えるということなのだ。
ここでも私は民主党代表選で馬淵候補の演説を紹介しようと思う。馬淵はこの「国益」をわかりやすく次のように表現していた。
(引用開始)
(今は)震災の復興、原発の収束、これを第一に掲げなければなりません。その上で、家族の暮らしを守るにはもうひとつ大切なことがある。(それは、)「メシを食う」ということです。(これからの日本には)「メシのタネ」が必要なんです。家族の暮らしを守るための、その、経済・景気の回復が第一の仕事。私はデフレ脱却、15年におよぶこの長期のデフレを解消することを第一に掲げたい。(中略)こうして、私は皆さんの代表として、この国を、しっかりと「国民の生活を守る」というところから前に進めて参りたいと願っています。
改めて読み返してみて、この馬淵演説は今後しばらく、アメリカのオバマ大統領が2004年に民主党党大会で行なった、今後のオバマの政治的躍進を決定づけることになったあの演説と同等のインパクトを今後の日本政治で持つようになると思いを強くした。
なぜかといえば、この馬淵演説は、難しいことを一切言わず、震災後、デフレ(不況)深刻化のなかを生きる私たちの内心をうまく表現してすくいとっているからである。いくら個別具体的な政策構想が整然としていても、政治家にとって重要なのは「国家ビジョン」である。それがなければ意味はない。自分はどのように日本の問題を認識し、一般大衆に向かってそれをどのように変えていくのかをわかりやすく訴えなければならない。
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