<イデオロギーと政治闘争を繰り返す日教組>
日本教職員組合(日教組)の教育研究全国集会(教研集会)が1月28日から3日間の日程で、富山市内で開催された。今年の集会では、昨年3月11日の東日本大震災で起きた福島第1原発事故を受けて、「反原発」を鮮明にした日教組のイデオロギーを一方的に子どもたちに押し付ける授業の内容が報告されている。
そもそも日教組は、戦前の教育体系の抜本改革を図るGHQ(連合国軍総司令部)の意図に沿って昭和22(1947)年に結成された組織だ。しかし米ソ冷戦の激化でGHQの方針が180度転換し、GHQと日教組は決別した。
日教組が昭和27(1952)年に策定した『教師の倫理綱領』には「教師は労働者であり、教師は団結する」とし、解説書を読むと「団結こそ、教師の最高の倫理」と書いてある。その結果、教師自らが「教育専門職」という立場を棄て「労働者」であることを宣言した。
日教組は昭和30年代(1955~)以降、勤務評定反対闘争や学力テスト反対闘争などを次々に展開し、40年代(1965~)からは賃金闘争にも力を入れ、公務員に禁止されているストライキもたびたび行ない、国の政策への対決姿勢を鮮明にし、政治闘争に明け暮れるようになった。
政治闘争の後ろ盾となったのが、旧教育基本法第10条の「教育は、不当な支配に服することはなく」の一文だ。日教組は「不当な支配」を「国の支配」と同義語に曲解し、文部省(当時)の指導を拒否する一方で、学習指導要領に反する偏向教育や平和教育に名を借りた国家解体の反日教育を学校現場に持ち込んでいる。
日教組(山梨県教組)出身で民主党幹事長の輿石東などはあいさつでは必ずといっていいほど「政治を抜きに教育はない。教育を語るとき政治を語らなければならない」と、公然と教育の中立性を無視する発言を繰り返している。
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<プロフィール>
濱口 和久 (はまぐち かずひさ)
昭和43年熊本県菊池市生まれ。防衛大学校材料物性工学科卒業。陸上自衛隊、舛添政治経済研究所、民主党本部幹事長室副部長、栃木市首席政策監などを経て、現在、テイケイ株式会社常務取締役、国際地政学研究所研究員、日本政策研究センター研究員、日本文化チャンネル桜「防人の道 今日の自衛隊」キャスター、拓殖大学客員教授を務める。平成16年3月に竹島に本籍を移す。『思城居(おもしろい)』(東京コラボ)、『祖国を誇りに思う心』(ハーベスト出版)などの著書のほかに、安全保障、領土・領海問題、日本の城郭についての論文多数。 公式HPはコチラ。
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