原発訴訟で過去最大規模のマンモス訴訟となった「原発なくそう! 九州玄海訴訟」。その原告団長で、原子核理論の専門家、長谷川照(はせがわ・あきら)前佐賀大学学長に、原発事故の被害や放射線障害、原発訴訟の意義について話をうかがいました。(聞き手・山本弘之)
<放射線の「安全神話」>
--1,704人が提訴し、1万人原告をめざしていますが、今回の訴訟の特徴は?
長谷川照・前佐賀大学学長(以下、長谷川) この裁判は、従来の裁判にない挑戦的な裁判です。裁判所は、従来の裁判と同じ考え方で判断してもらいたくありません。
まず、福島第一原発の事故によって、原子力発電の「安全神話」は崩壊したことです。 そして、原発事故がいかに「国策民営」の結果であり、政府・電力会社・学者・マスメディアが群がった「原子力ムラ」だったかを明るみに出しました。
「安全神話」の上に築かれた「国策民営」の原発は、砂上の楼閣だったわけです。「原子力ムラ」がある限り、原子力発電の安全は保障できっこありません。
日本が原子力の平和利用に着手したときから当時の日本学術会議は、民主、自主、公開の3原則を提唱し、原子炉設置が計画された最初から、原子力を研究として利用する際にも安全を優先せよと言い続けてきました。そのときから放射能のもつ特異な危険性を取り上げ、内部被ばくの問題を指摘してきました。ましてや、研究炉ではなく、商業利用しようとするなら、安全が最優先です。
福島第一原発事故の被害は未曾有の大きさです。この事故の被害は、日本人の健康にとってものすごく重要だという認識を持たないといけません。
崩れはじめた「安全神話」に止めを刺して、原発再稼動は許さない。これを、事故の危険性を注目している世界の国々に発信するメッセ-ジとしなければなりません。
私は、もう1つの「神話」があると思っています。それは、「原子炉」の「安全神話」は崩れましたが、放出された放射性核物質の「拡散希釈神話」です。放射能汚染の問題は深刻になってきました。ところが、政府は運転を再開しようとしているでしょう。原発は電力確保を最優先する「国策民営」だからです。
<放射性物質の拡散・濃縮>
長谷川 IAEA(国際原子力機関)が安全評価(ストレステスト)をチェックしにきましたが、見てほしいのは、東北・関東地方の放射性物質の拡散状況、汚染状況。いま困っているのは、放出された放射性物質の除染。これは世界に例がない人口の多い都市地域の汚染だからです。
放出された放射性物質の量は、昨年6月政府が発表した推計値は77万テラベクレル(テラは1兆)。実際にどれだけの放射性物質が放出され、住民の被ばく線量がどれだけになるのか調査もしていません。しかも、「ホットスポット」といわれる場所が、関東でも次々にみつかっている。人口密集地に放射能汚染の影響が及んでいる点でも、チェルノブイリ、スリーマイル以上の深刻な被害です。
まず問題になったのは、稲やお茶など放射性物質が付着していたこと、この放射能に汚染された食物などが販売経路を通して全国に拡がったことです。
いま、土壌に放射性物質が拡散・濃縮していることがわかってきました。下水道などを通して運ばれた放射性物質が集まる。ごみ処分場で焼却灰から高い放射能を検出した。人間の活動、都市の構造にあわせて拡散・濃縮しています。
そして、次は海です。大量の放射性物質が海洋に流出したけれど、海洋の水の量が大きいので希釈されて安全には問題がないという主張もありましたが、そうではなかった。心配している研究者の調査によって、関東地方・首都圏に降り注いだ放射性物質が至る所でホットスポットを作りながら最終的に東京湾に濃縮していくことが明らかになりました。1)
そのような高濃度に汚染されたところに首都があるとなれば、日本は世界の政治・経済活動から切り離された国になる可能性があります。
ですから、この裁判は、日本の原子力政策を変えて原発の危険を排除すると同時に、国全体の経済政策、外交政策に関わってきます。
1)NHKスペシャル「知られざる放射能汚染」(2012.1.15)
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<プロフィール>
長谷川照(はせがわ・あきら)
京都大理学博士。専門は、原子核理論。佐賀大理工学部教授、理工学部長等を経て、2003~2009年度、佐賀大学学長。佐賀大学長として、海洋エネルギー研究センターの全国共同利用化、有明海や地域学の研究拠点づくり、アジアの大学との学術交流で国際化に尽力。現佐賀大学顧問、日本物理学会会員。
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