<「国策民営」では成長しない>
――研究者として、技術や研究、国のあり方についてのお考えは?
長谷川 今、世界の経済は苦境に喘いでいます。とくにG7と称される先進国は、アメリカのリ-マンショックに続くユ-ロ危機の最中にあります。現在の金融経済の危機は、1970年代に始まった金本位制からドル基軸体制への移行(金融の導入)と、この間にグロ-バル化した市場主義と国家間の経済的競争に見られるナショナリズム(国策民営)の矛盾にある。さらに豊かな大陸資源を有する新興国の勃興と途上国の民主化にともなう政治的混乱は、新たな時代の到来を予感させます。最近アメリカのオバマ大統領は一般教書演説のなかで、金融機関の無責任な行動を戒め、利用可能なすべてのエネルギ-資源の開発に取り組み、今や製造業を自国に取り戻す絶好の機会と述べています。福島原発の過酷事故を見て世界は、原発に一定の距離を置き始めたと僕は思う。多くの国は多様な資源の開発に目を向け始めました。電力の半分を原発に依存する計画を企てた「国策民営」が日本の多様なエネルギ-資源の開発を阻んだ元凶であることを自戒すべきです。
「国策民営」は電力業界だけではありません。第二次世界大戦後、主な産業はすべて国の政策のもとで発展してきました。大企業から中小企業まで見事に統制のとれた体制のもとで世界2位の経済大国にまでなりました。しかし21世紀になって先進国の優位性はなくなり、先進国も新興国・途上国も一斉に走り出した。垂直思考から水平思考へ考え方を変えなければならない。従来の「国策民営」は世界の多様化に対応できません。
国立大学が法人化(国策民営の典型)されて、国から「研究の成果として特許を生み出してください」と言われました。しかし、特許は、新しい技術を生み出すことを阻害します。新技術を独占してしまうのだから。ワットが蒸気機関を発明し、産業革命をもたらしたというけれど、実はタイムラグがあります。彼は蒸気機関の特許を得た。蒸気機関が普及し産業革命が起きたのは、特許が切れた後です。3)
大学でも特許にかかる研究は発表もできない。研究は公開しないと、新しい研究が生まれません。イノベーションを止めてしまう。特許は、製造業や物づくりの停滞を招き、その結果市場を縮小させた主要な原因の1つであると思っています。
僕は、知的発展を保証する社会「知的基盤社会」と言っているんだけど、「国策民営」のピラミッド型でなくて、多様なプロジェクトに柔軟に対応できる専門家集団・中小企業の連合体のようなフラット型をめざさないと日本社会は生きられないと思います。
<放射性物質の解決に挑戦を>
長谷川 原発事故の原因がいろいろ言われているけど、たとえば、福島第一原発を建設した土地は、もともと約35メートルの断崖の上。わざわざ削って、海面に近づけた。アメリカから原発を輸入する際、オプションを付けると価格が高くなるし、なによりも運転・操業のマニュアルを学ぶことから始めなければならない。そこで、タ-ン・キ-契約を結んだと言われています。4)最先端技術を集めた原発の中身は知らなくともスイッチを回すだけで運転できるようにお任せする契約である。自ら作り上げる志のないコストだけを考慮した「自主」性のない契約です。事故原因のすべては建設時にすでにみられるのです。以来40年の長きにわたって、原子力平和利用の三原則、自主・民主・公開は一度も顧みられなかったのではないか。
いま日本の原発54基のうち、50基は運転を停止していて、4機しか稼動していません。しかし、停止していても原子炉のなかの放射性物質は消えたわけではなく、閉じ込められているだけです。制御棒で核分裂の連鎖反応を止めているだけですし、使用済み核燃料は福島第一原発と同じように核燃料プールのなかにある。福島第一原発でも制御棒を差し込んでスクラム(原子炉の緊急停止)はできたが、事故が起きた。止まっているから安全とは言えません。
原発廃炉を実現した後も、福島第一原発から放出された放射性物質、メルトダウンした核燃料の放射性物質は残る。残された放射性物質の管理、その処理には、何万年もかかる。自然に放射能がなくなるのを待てばそうなります。だから、どうしても、放射性物質の問題を解決する必要がある。放射性物質を人工的に安定した物質に転換させる方法などを研究する必要があります。残された大きな問題を科学者は解決しなければならない。若い研究者が「私がなんとかする」とチャレンジする国際的な体制を整えるべきです。
3)ミケ-レ・ボルドン、デヴィッド・K・デヴァイン <反>知的独占(NTT出版2010.9.29刊行)
4)NHK ETV特集「原発事故への道程」(2011.9.15、9.25)
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<プロフィール>
長谷川照(はせがわ・あきら)
京都大理学博士。専門は、原子核理論。佐賀大理工学部教授、理工学部長等を経て、2003~2009年度、佐賀大学学長。佐賀大学長として、海洋エネルギー研究センターの全国共同利用化、有明海や地域学の研究拠点づくり、アジアの大学との学術交流で国際化に尽力。現佐賀大学顧問、日本物理学会会員。
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