<総会屋事件で失脚した元常務>
親分肌の浅川氏はAIJを立ち上げたとき、野村證券OBをビジネスパートナーに招いた。取締役の松木新平氏(67)である。高卒の場立ちからの叩き上げで、株式担当常務まで出世した人物だ。場立ちとは、証券取引所の立会場で、証券会社から派遣されて、身振り手振りで売買処理する取引担当者。コンピュータシステム化にともない立会場が閉鎖されたため、今は存在しない。場立ちとして鍛えられたこともあり、「相場の読める男」というのが野村OBの評だ。
野村に激震が走ったのは97年の総会屋の小池隆一に対する利益供与事件。児玉誉士夫系の大物総会屋、木島力也の影におびえた第一勧業銀行(現・みずほ銀行)は、小池側に460億円の巨額融資をした。そのカネで、小池は野村、山一、日興、大和の4大証券の株式を購入、株価が値下がりしたとして損失補てんを求めた。
野村證券では、酒巻英雄社長(当時)の指示で、株式担当の松木常務は、「花替え」と呼ばれる、自社株取引により作り出した多額の利益を総会屋の口座に付け替えていった。97年5月、松木常務は酒巻社長とともに逮捕され、懲役8月、執行猶予3年の有罪判決を受けた。総会屋事件がなければ、松木氏は野村本体の副社長もしくはグループ会社のトップになっていただろうと言われている。
浅川氏が顧問に招いたのが経済学者の植草一秀氏(51)。野村総合研究所のエコノミストや早稲田大学大学院教授などを歴任、テレビ番組へレギュラー出演して知名度は高く、広告塔としての役割を担った。だが、痴漢事件(本人は冤罪と主張)で失脚。AIJ事件を受けて、植草氏は自身のブログに「04年から06年まで顧問をしていた」と書いた。
<野村證券のDNA(遺伝子)>
それにしても、オリンパス事件、AIJ事件とも、主役は野村證券のOBたちだ。なぜか?彼らは、野村證券が相場を作り、価格を決めるのが当たり前という、バブルの時代に育った人物たちだ。有名なのは89年の東京急行電鉄株式の株価操作疑惑。稲川会の石井進会長のために、野村は全組織をあげて東急株に買いに向かった。特定の銘柄を推奨することは、この当時、堂々とまかり通っていた。証券界のガリバーと呼ばれる野村が、営業力をフルに使い、集中的に東急株を売買すれば、株価が上がらないほうが不思議である。石井進会長による東急株の仕手戦に、野村が株価釣り上げに協力したのは明々白々だ。
こうした、野村の悪しきDNAを内包しているのが、事件の主役の野村OBたち。利益を出すには、相場をつくればいいという環境のなかで育ってきたので、ヤバイと思われる手法にも躊躇することはない。それが事件につながっている。
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