<第三章 植木頭取時代>
長期政権の弊害(2)
植木頭取との面談の日時が研修生に伝えられた。維新銀行の東京支店は、研修が行なわれている地方銀行会館から歩いて5~6分の場所にある。研修を早めに切り上げた4人は、東京支店の5階にある東京事務所の応接室で待機していた。
役員や部長、頭取が立ち寄る支店などは別として、秘書室に勤務するなど直接の部下でない限りはこういうチャンスはめったにない。自分をアピールする絶好の機会でもあるが、もし悪い印象を与えると昇格が遅れるリスクもある。研修生は緊張した面持ちで植木頭取との面談を待った。
ドアをノックして入室して来た女性秘書は、
「間もなく面談が始まります」
と言って退室した。先客があり予定の時間を少し過ぎていたが、程なくして秘書の案内で頭取室に入った。植木頭取は応接室のソファに深々と座り、にこやかな笑顔で研修生を迎え入れた。
研修生は直立不動の姿勢を崩すことなく、緊張した面持ちでそれぞれが名前を告げて最敬礼の姿勢で植木頭取に頭を下げた。
植木頭取は4人の研修生の顔を見廻して、
「まあ そんなに緊張せずに座りたまえ」
と優しく声を掛けた。ゆっくりと愛飲のラークに火を点けながら、穏やかな口調で、
「何日から研修にきているんだ」
と、話しかけた。
ピーンと張り詰めた室内の雰囲気が和らぐような頭取の問いかけに、一番年長の高木主任が、
「一週間前から来ています。非常に勉強になっています。今度の研修を受けて人生観が変わりました」と、発言した。
その発言を聞くと同時に、植木頭取の顔色が変わった。
「君ぃ たった一週間の研修で人生観が変わるのか」
と、怒気を含んだ厳しい口調で、高木主任を叱責した。
室内の空気は凍てつくように一変し、頭取の煙草の灰が落ちそうになっても研修生達は何も言えず、下を向いたまま灰が床に落ちるのを見つめるしかなかった。
植木頭取の話を要約すると、
「維新銀行は100人を収容できる立派な研修所を新設しており、行内の研修制度は充実している。地銀協の研修はそれを補完するものである。わずか一週間の研修で人生観が変わるのなら行内の研修を全て止めて、全員地銀協の研修に参加させようか」
と、語気を強め、
「維新銀行の行員としての心構えや、支店長代理として期待される人間像とは何か」
を、昏々と説教し、一時間の面談は終わった。
東京事務所長から、
「頭取との面談では発言に十分注意するように」
と、事前に言われていたが、まさかこの様な結果になろうとは誰一人思ってはいなかった。他の研修生は一言もしゃべることなく頭取室を後にした。悪夢のような頭取との面談となった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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