<第三章 植木頭取時代>
長期政権の弊害(4)
不祥事件を乗り越え、長期政権への足掛かりが確かなものになるにつれて、植木頭取の意思とは違い、姑息な手段を使っても何とか認められようとする行員が出てくるようになる。
かつて人を見る目が確かであった植木頭取の目も曇り、裸の王様同然になっていく。久間は植木頭取には絶対に見せられない、別の素顔を持っていた。
久間康則は高卒ではあったが、維新銀行の中では、植木頭取からその実力を認められた人物として評価されていた。博多支店の業績は開設以来低迷していたが、前任の笹川幸男支店長が自ら手を挙げて志願。一年半で業績を急回復させて栄転し、一躍脚光を浴びる支店に変貌した。その後を引き継いだ久間支店長も行内の業績コンテストで、継続して最優秀店を受賞するなど、その辣腕ぶりも有名になった。
久間は支店経営が安定すると、親しくなった取引先3名と麻雀をするようになった。そのうち麻雀を終えると、メンバーの一人が紹介した中洲の会員制クラブ「レッドシューズ」に繰り出すことが多くなった。親しい取引先とは言っても、資金繰りに厳しい中小企業の社長や専務であり、頻繁に中洲のクラブに繰り出せない事情はあったが、久間の機嫌を損ねると融資してもらえなくなる恐れもあり、渋々誘われるままに一緒に行くことが多くなった。
久間は麻雀が終わると、そのうちの一人か二人を連れて、必ずレッドシューズに足を運ぶようになっていった。目当ては売れっ子ホステス「赫子」(かくこ)、本名は源氏名と同じ(小林)「赫子」に会うためであった。
赫子はすらっとした体格で、若き日の若尾文子を思わせる目鼻立ちをしており、いかにも男好きのする美人ホステスであった。当時36才で独身の赫子にぞっこん惚れ込んだ久間は、足繁く赫子の店に通うようになっていった。
博多支店の行員達も、支店行事が終わった後に打ち上げと称して、動員されることが多くなっていく。当時の銀行員の給料では再々行ける場所ではなかった。そのため久間は赫子と交渉し、飲み代をボーナス時一括払いとしたものの、10万円単位の支払いは一般行員にとっては大きな負担であった。
赫子は「いずれ中洲に自分の店を持ちたい」との思いをずっと持ち続けていたが、なかなかそれを叶えてくれる男性には巡り合えなかった。
背が高く体格がっちりした体格の持ち主の久間には、戦国武将の織田信長を彷彿させる風貌があり、赫子も次第に心を引かれるようになっていく。頻繁に自分を指名してくれる久間は、維新銀行の支店長として地位も名誉もある。最高のパトロンに巡り合えたと思った赫子は身も心も久間に委ねようと決めた。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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