<第三章 植木頭取時代)>
長期政権の弊害(7)
支店長室には久間と赫子の二人だけとなった。久間はドアノブにそっとロックを掛けてから、ソファに座っている赫子を抱き寄せた。久間は赫子のうなじから漂う甘い香水の匂いに吸い寄せられるように唇を重ね、そっと胸元から手を入れて弄ぶように乳房を揉んだ。赫子は大きな溜息を吐いて久間に身を任せた。
久間と赫子は悠久と思われる程、甘美な時の流れを共にした後、身だしなみを整えた赫子はやがて退室していった。やっと我に返った久間は、その余韻が残る支店長室に再度貸付担当者を呼び、本店への稟議の書き方についてメモ書きで指示を与えた。
メモには、
「小林赫子は飲食店に勤め、母と二人で生計を共にして真面目に働いており、こつこつ貯めた定期預金1,500万円を当店に預け入れしている。 この度、中洲に飲食店を開業するに当たり、その開業資金として2000万円の借入申し込みを受けた。本来ならば定期預金を崩して使えば良いが、余裕資金として持っておきたいとの強い申し出があり、預貸も良好なことから本件融資に応じたい。なお、保証人は川中社長であり、個人資産及び経営する会社の業況も順調であることから、保全について懸念はないものと思考する」
と、書かれていた。そして貸付担当者に
「誰にも言わずに、稟議を書くように」
と、念を押すことも忘れなかった。
定期証書偽造事件以来、事故防止のために強化された本部の監督権限であったが、小さな融資案件まで審査部に回付されるため、審査役も手が回らない状況であった。かくして小林赫子への融資の稟議も、審査役の形式的なチェックしか受けずに承認された。
3日後にその融資は密かに実行され、久間と貸付担当者以外、博多支店の男子行員は誰一人知る者はいなかった。そのことが明らかになったのは、融資実行後に行われた月一回の店内検査であった。一部の男子行員には、久間と赫子とのただならぬ関係に疑いの目を抱くものが出てくるようになった。
麻雀仲間3人の各500万円、合計1,500万円の借入金は2月下旬、小林赫子名義で預け入れられていた1,500万円の定期預金を解約して相殺された。この融資は迂回融資であり、かつ預金は借名による見せ金であった。久間の自己の欲望を達成するための融資は、維新銀行の支店長として超えてはならない一線を踏み外す行為だった。
一方2000万円の融資を受けた小林赫子は、久間と相談のうえ、かねて目をつけていた居抜きの店舗を契約した。その店は赫子がホステスとして働いていた「レッドシューズ」からそんなに離れていない雑居ビルの地下一階にあった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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