<第三章 植木頭取時代>
長期政権の弊害(10)
河野支店長は赴任すると久間と一緒に取引先を訪問。久間から麻雀仲間3人の紹介も受けたが、「仕事に慣れるまで待ってほしい」と麻雀することについては丁寧に断った。
久間との引き継ぎをするなかで、普通の支店では考えられない取引先が多いと感じるようになった。行員からも久間支店長と親しい取引先についてその貸出の経緯を聞くうちに、「大変な支店に来た」と次第に身構えるようになっていった。
河野は2階の支店長室に籠り、取引先の貸出稟議と補足説明に目を通すことが日課となった。そのなかで気になった貸出金の内容を貸付担当者に聴取するうちに、特定の企業を中心に権限内を悪用した情実貸金が浮かび上がって来た。次に手を付けたのは延滞債権の把握であった。不良債権の予備軍である延滞貸出金明細を精査していく過程で、6月の約定弁済が延滞となっている小林赫子の貸出金に目がとまった。
貸出当初の稟議と補足説明書によると、当初小林赫子は定期1,500万円あるようになっていたが、残高照会してみると既に解約されていた。貸出金は19,480万円、預金残高は9万円しか残っていなかった。河野は貸付担当者から「麻雀仲間3人に対する貸出金を原資とした定期預金であったこと」を知らされ、稟議の行間に滲み出た久間と小林赫子との異常な関係を知ることになった。
早速貸付担当者に指示して、延滞を解消するように何度も電話をかけさせたが、「もう少し待ってほしい」との返事しか返ってこなかった。河野は貸付担当者に「小林赫子に来店してもらう」ように指示をした。
その翌日の午後、赫子は約束通り博多支店に河野支店長を訪ねてやって来た。久間が支店長の時は、赫子を支店長室に案内する女子行員は大切なお客をお連れするという態度であったが、河野支店長に交代すると、女子行員まで急に接するが態度が変わったように思えた。赫子は自分の置かれている立場の変化を敏感に感じざるを得なかった。
河野は、女子行員に案内されて入室した赫子に、「お忙しいなか、お呼び立て致しまして申し訳ありません。」と丁寧に声をかけた。その声に応えるように、赫子も「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。」と深く頭を下げた。
クラブ「赫子」の現在の経営状況や今後の返済についての考え方など聞いたうえで、河野は「このまま延滞が続くと久間支店長に迷惑をかけることになるし、保証人の川中社長にも延滞していることを伝えなくてはならなくなるので、何とか早く延滞を解消して欲しい。」と赫子に語りかけた。
河野は、赫子から「近いうちに必ず、何とかしますので今暫く待ってほしい」との言葉に、何か当てがありそうな気配を感じたため、当面待つことを約束し、その日の面談を終えた。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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