<第三章 植木頭取時代>
長期政権の弊害(11)
赫子が帰った後、河野は貸出金が7月から8月までの2カ月間延滞となっていることを、久間に連絡すべきかどうか迷っていたが、「近いうちに必ず何とかします」との赫子の顔を思い浮かべて、暫く様子を見ることに決めた。
それから2~3日後、突然小林赫子の普預金口座に2,000万円近い金が他行から振り込まれてきた。振り込み人は赫子の名ではなく、男性名義の名前であった。それを見て河野は「久間との関係が途絶え、赫子は新しいパトロンを見つけて資金援助に成功したな」と直感した。
赫子の新しいパトロンの出現により、維新銀行は全額の返済を受けて貸出金を回収することができた。そのまま延滞が続くことになれば、保証人の川中を巻き込んだ金融スキャンダルへと発展しかねない深刻な事態を招くところであったが、何とか表面化する前に貸出金を回収することが出来た。その後久間が取り組んだ貸出金の多くが、不良債権化し倒産企業が多発するようになり、維新銀行博多支店は再び不振店に逆戻りすることになった。
後に本店長になった久間は懲りることなく同様の手口で女性を囲い、その上親密なSKK不動産を救済するための情実貸出や、SKKが所有する物件を取引先数社に買い取らせるなどの支援を続けていたが、SKKの倒産によりその事実が表面化。他の金融機関を巻き込んだ金融スキャンダルに発展し、追われるように維新銀行を去っている。
植木頭取の厳格な経営方針にもかかわらず、身近に接する支店長の背徳と背信の行為が行われていたことは、長期政権の弊害以外何物でもなかった。
行内だけでなく外部の客に対しても、植木頭取のワンマン振りが目立つようになっていく。
維新銀行大阪支店の取引先で、機械装置を製作する会社社長は、維新銀行本店がある海峡市の造船所を買収。挨拶を兼ねて上場予定の株式を持ってもらう目的で植木頭取と面談した。1時間の面談は頭取の独壇場となり、社長は上場の話は一切することができず、子供の使いのようにその日はすごすごと大阪に戻る羽目になった。
植木頭取は社長との面談後、
「あの社長はお願いに来たと最初言っていたが、何か相談でもあったのかな」
と他人事のように秘書に話したと言う。後日その社長は植木頭取でなく、株式引き受けの担当役員と面談し株式を引き受けてもらうことになったが、社長曰く
「植木頭取の前では思ったことが一言も言えず、憤懣やるかたない思いだった」
と述懐している。
維新銀行内には、軍事政権の圧政に苦しめられた民衆の如く、超ワンマンの植木頭取に対する不満の声が、行員や取締役の一部からも聞こえてくるようになった。また取引先の一部からも慇懃な植木頭取の態度に反発の声が囁かれるようになった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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