三極委員会が典型的な国際会合と違うのは、晩餐会や大使公邸や日本の外務省の飯倉公館での歓迎レセプションが開かれるという点だろう。この点では、社交界の様相も持っているのである。その晩餐会への最高のゲストとも言えるのが、その開催国(ホスト国)の国政における最高指導者である総理大臣であるというわけだ。数年前にアイルランドで開催された年次総会でも、時の総理大臣がスピーチしているので恒例なのだろう。
今回も野田首相は、三極委員会の最終日の晩餐会(ホテル・オークラ)にわざわざ党首脳が集まる民主党懇親会のホテル・ニューオータニから出向いている。
マスコミ各社も全テレビ局が取材しているようだったが、その時の映像はおろか、記事にもほとんどなっていない。唯一記事にしたのは日経新聞だけで、それも電子版(インターネット版)でわずか数行の記事だった。だが、その内容は、かなり重要なものだったように筆者には思えた。
その発言を箇条書きにしてみる。
<野田首相発言要旨・22日三極委員会東京総会>
◯ジョセフ・ナイ北米委員長、小林陽太郎アジア太平洋委員長はじめ、ご出席の皆様、世界最高峰の叡智とも言うべき、三極委員会のメンバーをお迎えでき、誠に光栄に存じます。
◯三極委員会発足から半生記近い年月が経ちました。この間、世界は大きく変容を遂げております。経済的にも政治的にも多極化する世界。地球の有限性がより強く視覚される世界。
◯私達は排外主義や保護主義の誘惑を廃し、自由と民主主義という、共通の価値基盤のもとに国際協調の枠組みを再構築しなければなりません。
◯そのための「ルール作り」にも具体的な行動を起こさなければなりません。新たな秩序を導くためにはリーダーシップが必要であります。そのために日米欧の三極が果たすべき役割はいささかも小さくなっておりません。
◯三極の叡智の代表が一同に介し、率直な話し合いを通じて相互理解を深めることは大変意義深いことであります。総会の提言は、私も大いに参考にさせて頂きます。
◯我が国は人類全体の未来を切り開くために率先して貢献していく決意を持っていることをここに改めてお誓いを致します。
私が一番気になったのは、「排外主義や保護主義の誘惑を廃し」という部分と、「そのためのルール作りにも具体的な行動」という部分である。
普通に読めば、何ということのない、至極当然のステートメントのように見える。しかし、「ルール作り」という言葉を頻繁に日経新聞は、首相の言葉としてTPPの枕詞として報じている。
たとえば、以下の通り。
◯野田佳彦首相は7日に開いた国家戦略会議の「平和のフロンティア部会」初会合で「日本がもう一回元気を取り戻すためには(世界の)ルールメーキングに主体的に関わることだ」と強調した。例として環太平洋経済連携協定(TPP)を挙げ「アジア太平洋地域におけるルールづくりを貿易投資の面でやっていこう」と交渉参加に意欲を示した。(4月7日・日経)
◯TPP交渉 ルール作り、21分野で作業部会(2011年11月15日・日経見出し)
このように、TPPといえば関税交渉ではなく、「ルール作り」――つまり世界経済秩序の構築の問題であることは、識者には共有されている認識である。
ところで、その野田首相は30日から、ワシントンでオバマ大統領と首脳会談を行なう。朝日新聞(4月19日)などの報道では、この訪米時に具体的なTPPへの参加表明を行なうことは見送るという方針が官僚サイドからリークされている様子がうかがえるが、三極委員会の参加者であるアメリカ人たちは、「これは首相のTPP参加」の発言と普通に考えれば受け取るはずである。
仮に、ここまで言っておきながら、首相がTPPを先送りするのであれば、アメリカ側から「やはり日本人は言うことと行動が逆」というように批判されるだろう。この日本的な「なあなあの言行不一致」は、小沢一郎が常に批判してきた日本の政治家の悪い点である。
ただ、野田首相の演説を後で映像でじっくり見る限り、この人も「自分の意志ではなく官僚にされるがまま」であるという印象を強くした。野田首相は消費増税でさえ、官僚の「耳元ささやき」攻撃によって、一定の情報ばかり与えられて"洗脳"されたという説が高橋洋一氏などから唱えられている。官僚の言いなりになる総理はもちろん問題だが、一方で総理大臣の孤独さというものもまた、私には野田演説から感じられてしまうのだ。
野田首相を晩餐会の客に紹介した三極委員会アジア太平洋議長の小林陽太郎氏は、野田首相のことを「ここ数年で最も賢明な首相(most sensible leader)」と評したワシントン・ポストのつい最近の記事を紹介して、招待客一同の笑いを誘った。賢明ではない首相とは、鳩山・菅の両首相であることは言うまでもないだろう。"賢明"とは、アメリカや財界の意図を察し、向こうにとって"御し易い"という意味である。
しかし、その野田首相は、原発再稼働問題では仙谷由人・政調会長代行の暗躍を許し、消費税問題では財務省の言うがままになっている。野田政権は、実質は"仙谷政権"と言ってよいし、22日からの議員訪米団が仙谷氏の引率によるものであることを考えると、自身も「黒幕」であることをやめ、実質的に主導権を誇示するようになっている。アメリカとしては、仙谷氏を日本の代表者であると暫定的に認めているということだ。三極委員会に出た古川元久大臣も、仙谷氏が領袖となっている「凌雲会」のメンバーである。
一方で、三極委員会は日本側のホストである山本正氏の死去、創始者のロックフェラー、キッシンジャーらの世代の本格的な退場、マクロ的には台頭する中国やBRICSとアメリカの金融覇権のゆらぎという状況もあり、これまでのパラダイムの変化についていけていない部分もある。私は3回ほど取材してきたが、今年はこれまで参加していた主要なメンバーの顔がほとんど見られず、開催日程も3日から2日に短縮されている。
一方で、BRICSグループを見れば、ブラジルを抜いたインド・中国・ロシアがこの前の週に三極会合(RICミーティング)を開催するほか、インド・米国・日本の三極会合も出現しつつある。ダヴォスだけではなく、ロシアではサンクトペテルブルクで国際経済会議が開かれ、そこに欧米大企業の経営者たちが殺到する。中国では、ボアオ国際フォーラムが日本の福田康夫元首相の司会で開催される。
世界は正に多極化に進んでおり、そのなかでアメリカと中国とが二大巨頭となっている。多極化の時代は、三極会合を開くにしても組み合わせが多数考えられる。野田首相ですら「三極」委員会の挨拶の場で、「多極化する世界」について述べている。
要するに、世界の秩序は大移行期にある。三極委員会もかつてのメンバーが久闊を叙す「同窓会」のような存在になりつつあるということだ。そして、移行期には日本もうまくやれば、自立外交を実現できる。TPPだけに限らず外交政策でも、日本はアメリカの意向を「勝手に忖度」して自らに縛りをかけている。習い性というのは恐ろしいものだ...。
小沢一郎の陸山会事件の判決が、26日に出る。どのような結果になるのであれ、そろそろ日本の政治も新しい段階に入っていくことが必要だろう。
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<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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