中国山東省青島市郊外のホテルで、日々変わり行く中国を観察している現地滞在のフリーライターがいる。福岡と青島を定期的に行き来している彼に、リアルな中国の今をレポートしてもらった。
毎年4月の下旬から5月上旬にかけて、中国・青島市にある「青島中山公園」では桜祭りが開催される。今年も開花の時期にはたくさんの人が花見に訪れた。中国なので桜祭りとは言わず、「万科春色浪漫」という。
1898年からドイツの租借地となった青島、ドイツ占領下の「青島中山公園」は、ヨーロッパから170品種23万株にもおよぶ樹木草花が植えられ、ドイツの植物試験場として「森林公園」と名付けられた。その後、第一次世界大戦でドイツに宣戦布告した日本は、1914年にドイツの要塞を陥落させて青島を占領下に置いた。その後、1922年に中国に返還されるまでの間、この公園を「旭公園」と名付け、大量の桜の木を植樹したという。
中国政府に返還された「旭公園」は「第一公園」と改称され、1929年には当時の国民党政府により、孫文(孫中山)の功績を称え「中山公園」と名付けられた。1938年に日中戦争が始まると、青島は再び日本軍の占領下に置かれ、終戦後、日本の民家や石碑などは取り壊されたが、中山公園にある約2万本の桜は今も健在で、毎年多くの観光客の目を楽しませている。
さすがに桜の木の下で酒を飲むような習慣はないようだが、ドイツが残した珍しい木々と日本が残した桜を見ながら一休みし、青島ビール片手に屋台の串焼きをほおばる中国人は増えてきたようだ。
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